CNBLUEのBL小説ブログです。ヨンファ溺愛主義で、シンヨン&釜山ズ&ミニョヨンの話を書いています。

奇跡のチカラ 前編

2016年06月22日
奇跡のチカラ シリーズ(リーマンパロ) 4






その日、会社の同僚たちと飲みに行き、ジョン・ヨンファが帰宅したのは日付が変わった頃だった。エレベーターを降り、自分の部屋まで通路を歩いていると、一番奥の角部屋の前に誰かが蹲っていた。


一瞬怪しい人物かと思ってギョッとしたが、ヨンファが住んでいる高層アパートはセキュリティーが万全で警備員が常駐しているため、不審者が入り込むことはまず考えられない。
同一敷地内に住んでいれば、話は別であるが――。
ということは、置物のように座り込んでいるのは部屋の住人もしくは、訪ねてきた知人の可能性が高いということになる。


しかし、ヨンファがここに移り住んで一年近くになるが、未だに一度も隣人に出会ったことがなかった。
引っ越しの挨拶で何度が訪問したが、いつも留守だったため、失礼とは思いつつ品物と挨拶文を入れたビニール袋をドアノブにぶら下げて帰ったのだ。


翌日見た時には袋がなくなっていたから、恐らく受け取ってもらえたのではないかと思っている。それについて、隣人から何か言ってくることはなかった。
だから、この男が部屋の住人なのかどうかは分からない。


ヨンファは蹲っている人物から一瞬たりとも目を離さずに、恐る恐る自分の部屋の前まで来ると、見られていないのをいいことに、無遠慮に観察した。
近くで見る限り、かなり体格のいい男のようだ。
ヨンファと同じく半袖のワイシャツにスラックスという格好から、サラリーマンだと思われる。
足音が聞こえているはずなのに、まったく反応すらしない男に薄気味悪いものを感じ、ヨンファは整った眉を顰めて、心の中で大きな溜息をついた。


寝ているのか。それとも、具合でも悪いのだろうか?
まさか死んでいるんじゃ……と、ビクビクしながら薄暗い中で目を凝らしてみると、微かに身体が動いているので、取り敢えず生きてはいるようだ。


カードキーをかざして中に入ろうとしたが、どうにも男の存在が気になって仕方がない。
面倒に巻き込まれたくはなかったが、今後のことを思えば放置するわけにもいかず、しばし逡巡したのち、ヨンファは思いきって話しかけることにした。


「あの……どうかされました?」
「……………」
「俺、隣の者ですけど」
「……鍵が故障した……」


返事があったから寝てはいなかったが、あろうことか、この男は顔も上げずにくぐもった声でボソボソと呟くだけだった。しかも、タメ口ときている。
あまりにも失礼な態度に、ヨンファのこめかみが引き攣った。


警備員に事情は説明したのだろうが、この時間帯だと業者に連絡を取ることはまず不可能だ。
最短で、朝九時。それまで、ここで夜を明かすつもりなのだろうか。
はっきり言って大迷惑すぎる。


知らなかったことにしたいのはやまやまだが、声をかけた手前、このまま放っておくことはできなかった。
もし何らかの原因で、部屋の前に死体がひとつできあがっていたというオチにでもなったら、たまったものではない。
むかっ腹は立つが、沸々とした怒りを何とか抑えて、再び話しかけてみる。


「ずっとここにいるつもりですか?」
「……他に行くあてもねぇし……朝になれば業者が………うっ」


大柄な男が絞り出すような声で話していると、突然、手で口許を押さえた。
身体が小刻みに震えていて、何だか様子がおかしい。
見るからに気分が悪そうで、嫌な予感がする。


「大丈夫ですか?どこか……」


男のそばにしゃがんで、そう言いかけたヨンファに、信じがたいことが起こった。
親切心から赤の他人を介抱しようとして、こんな仕打ちに遭った人間が世の中にどれほどいるだろうか。
それは、宝くじに当たるのに匹敵するくらい稀な確率だったかもしれない。
初対面のこの男はよりによって、こちらに向かって嘔吐したのだ――。


それからの出来事は思い出したくもない。
ヨンファはありえないほどの速さで部屋に駆け込むと、汚された半袖のワイシャツとスラックスを大急ぎで脱いで、ゴミ袋に捨てた。
こんな惨状のものをとても洗う気にはなれないし、金を払ってまでクリーニングに出すのも腹立たしい。結構いい値段だったが、惜しくもなんともなかった。


良かれと思って話しかけたのに、恩を仇で返すような真似をされ、ヨンファの怒りは頂点に達していた。
社会人になっていろいろと苦労し、多少は感情をコントロールすることを覚え、普段は穏やかさを前面に出しているが、元来、気は短い方なのだ。


「くっそー、あの野郎っ。ふざけんなよっ!」


一度怒りに火がつくと、なかなか収まるものではない。
おぞましい臭いが全身に染みついているような気がして、ヨンファはダッシュでバスルームへ飛び込むと、シャンプーとボディソープをふんだんに使い、頭のてっぺんから足の先まで、まるで初夜を迎える女性のようにしつこいくらい念入りに洗った。


Tシャツとハーフパンツに着替え、汚れている床を綺麗に掃除して、部屋中にファブリーズをスプレーしたところで、ようやく人心地がつく。
せっかく飲んでいい気分だったのに、深夜の帰宅早々ひと仕事をさせられ、気分は最低最悪だった。


ふと、その諸悪の根源男のことを思い出し、気になって外に出てみた。
案の定、同じ場所に座り込んでいて、ヨンファほどではないが、衣服や周辺が汚れている。
こんな状態のまま共用部分で夜を明かされて、気分がいいはずがない。


本当は見て見ぬ振りをしたかったのだが、放っておかれたなどと悪口を吹聴されたくもない。
実際、そんなことにはならないかもしれないが、やはりそのままにしておけなくて、ヨンファはひとつ溜息をついて声をかけた。


「……ここで一晩過ごすわけにはいかないでしょう?良かったら、うちに来ますか?」


ヨンファの声に、今まで微動だにしなかった男が初めて顔を上げた。
驚いたことに、薄暗い中でも際立って見えるほど精悍な面立ちをしていて、女性が見ればキャーキャーと喜びそうなくらいの男前だ。


一瞬、どこかで会ったことのあるような気がしたが、すぐには思い出せない。
これほど整った容貌なら忘れるはずはないのにと頭を捻っていると、鋭い双眸がヨンファを真正面から捉え、すっと目を細めたかと思うと、男は意外なことを口にした。


「……ヨンファ先輩?」
「え?」


先輩と呼ばれ、固まってしまった。こんな迷惑男を後輩に持った覚えはない。
すると、いきなりゆらりと立ち上がり、ヨンファは慌てて後ろに下がった。
周囲を見渡しても、お目にかかったことがないほどの長身だ。
ヨンファも平均より高い方だが、それを遥かに上回っていて、見上げなければならないことに面白くないものを感じた。


「俺、イ・ジョンシンです。高校の時、軽音楽部にいた……」


身を屈めてぬっと顔を覗き込まれ、ヨンファは面食らった。
はて、イ・ジョンシンって誰だったかな?と必死に記憶を手繰り寄せてみる。
そして、「軽音楽部」という言葉から、ある男の顔がヨンファの脳裏に浮かんだ。


大きな黒い瞳に、茶色いの長めの髪。
細面の繊細な顔立ちをしていて、女の子と見紛う美貌は男子校の中ではかなり目立っていた。
当時から身長は高く、痩せてひょろっとしていたイメージがある。
ヨンファの親友であるイ・ホンギの軽音楽部の後輩で、その繋がりからヨンファが所属していたバスケットボール部の練習や試合をよく観にきていたのだ。


そうだ、思い出した。あの茶髪野郎だ。
ヨンファが卒業して大学に進んでからは、まったく付き合いがなく、会うのもあの時以来だ。
ただ、当時に比べて随分と印象が変わっている。
よく見ると確かに面影はあるが、目の前の男は黒い短髪で、日常的に鍛えているのか随分と身体つきががっしりしていた。
あの当時の頼りなげな感じは微塵もない。


昔は大人しく性格も控えめで、ヨンファが話しかけても、目を泳がせてしどろもどろに答えるのがやっとだった憶えがある。それが、今ではどうだ。
謙虚さの「け」の字もないほど、傲岸不遜の様相を呈している。
同じ人間がここまで変わり果てるものだろうか。


ねっとりと絡みつくような不快極まりない目で穴が空くほど見つめられて、ヨンファはさり気なく視線を外した。
こんな風に同性から無遠慮にガン見されたことがないので、思いっきり戸惑ってしまう。
過去、何か恨みを買うようなことでもしただろうか。
しかも、高い位置から見下ろされて、あまりいい気分はしなかった。


「とにかく、中に入れよ」


知り合いなら、尚更放っておくことはできない。
仕方なく、ヨンファはジョンシンを部屋に招き入れた。
せっかくの男前なのに、汚れている服のせいで、ヨンファは再び吐き気を催しそうになった。


「お前、気分は?悪酔いしてたんだろ?」
「吐いたから、楽になった」
「んじゃ、取り敢えず、その状態を何とかしろ」


口を手で覆って、男にシャワーを浴びるように命じると、その間、ヨンファは廊下の汚れた箇所を掃除しにいった。今どき、女でもここまで丁寧にやらないだろう。
ヨンファは決して潔癖症というわけではない。単に汚いのが嫌なだけだ。


部屋に取って返すと、ジョンシンが腰にバスタオルを巻いただけの姿で、濡れた髪をタオルで無造作に拭いながらバスルームから出てきた。
厚みのある胸板や、筋肉の盛り上がった二の腕に思わず目が釘付けになる。


「着るものは?」


ジョンシンの声でハッと我に返った。
知らず知らずのうちに見惚れていたらしい。
そういう言い方は語弊があるが、決して変な意味ではなく、同じ男として無意識のうちに羨望の眼差しを注いでしまっていた。
見事な体躯から無理矢理目線を外すと、自分の部屋のクローゼットから適当に服を見繕う。


「こんなのでいいだろ?サイズが小さいのは我慢しろ」


新品の下着と自分が着ているのと同じようなものを渡すと、それを広げてしげしげと眺めていたジョンシンはいきなりプッと噴き出した。
何も笑うことはないだろうとジロリと睨みつけてやったが、まだ肩を震わせている。
実際に着た姿を見ると、確かにかなり丈が短かった。
ジョンシンが笑うのも頷けるが、こればかりは致し方ない。


「アンタの汚れた服はどうしたんだ?」
「……ちょっと待て。アンタっていう言い方は何なんだ。しかも、さっきからタメ口で、ふざけてんのか?俺の方が先輩なんだから、ちゃんと敬語を使えよ」
「まあ、いいじゃん。お互い社会人なんだし」
「はぁ?」


傲慢な態度にヨンファの口許がピクッと引き攣り、拳がわなわなと震えた。
しかし、こんな時間帯にこれ以上揉め事に巻き込まれるのは真っ平だったから、理不尽だが渋々折れてやることにする。


「細かいことは気にすんなって。それで服は?」
「……誰かさんのせいで処分した」
「そりゃ悪かったな」
「逆にお前のワイシャツはそれほどひどくなかったから、汚れたところを水洗いして、今、洗濯中。スラックスはセーフだったんで、ハンガーにかけてやっただけだが、有難いと思えよ」


わざと恩着せがましく言ったら、ジョンシンはふっと口角を上げて、感心したような目でこちらをじっと見下ろしてくる。
何だか妙に居心地が悪かった。


「ああ、感謝してる。マジでいい嫁になりそうだな」
「は?」


思わずヨンファは固まった。
まともに考えると頭がおかしくなりそうなので、聞き間違えだと思うことにして、敢えて拾わずにスルーする。
「唾でもつけとこっかなー」と意味不明なことを言われて、ヨンファがジョンシンを見上げると、目を細めて、思いがけないほど優しい表情をしていた。


「弁償するから、金額はいくらだ?」
「――って言われてもな……。大したことはないから、気にしなくていいぞ」


本当は40万ウォンとはっきり言ってやりたかったが、それを平然と口にできるほど育ちは悪くない。
こんな奴相手に取り繕っても仕方がないが、年長者として大人の対応をしておいた。


「そういうわけにはいかねぇよ。じゃあ、同じものを探すから、どこで買ったか教えてくれ」
「いいって。そこまでしなくても」


ヨンファが断った時点で、てっきり渡りに船とばかりに喜ぶと思っていたが、意外と食い下がってくる男に驚いてしまう。
思ったよりも、義理堅くて誠実なところがあるのかもしれない。
その後も弁償する、しなくていいと互いに譲らず、話は平行線を辿った。


「それなら、代わりに飯、作らせてくれねぇか?俺、料理は結構得意なんだよ」
「飯って……」
「晩飯だけだが、食費もこっちで持つ」
「そうは言っても、お前も働いてるからそんなの無理だろ?」
「今、無職なんだよ。だから、時間は有り余ってる」


何でもないことのようにさらりと告げられて、目を見開いた。
服装からそんな風には見えなかったが、就活中なのだろうか。


「だったら、尚更無理だ。金もないのに、厚意に甘えるわけにはいかない」
「ちゃんと蓄えがあるから、困ってねぇよ。とにかく!もう決めたから、明日からメシを作りに来る。それでいいな」


必死に言い募ってくるジョンシンに、さすがにヨンファもそこまで言われれば断ることはできなかった。
正直、仕事が終わって帰宅して、疲れた身体で自炊をするのは面倒で、時々は外食をしたり、出来合いのものを買ってきて済ませている。
だから、ヨンファにとって決して悪い話ではなかった。


彼女がいた頃はよく手料理を作ってもらっていたが、半年前に別れてフリーとなった今では、すべて自分でしなければならない。
義務感だけでやっているから、とても苦痛なのだ。
今日の晩飯から作ってもらうということで話に折り合いをつけると、ヨンファの瞼はかなり重くなっていた。


「もう遅いから、俺はソファーで寝る。お前はベッドを使えよ」


1LDKで狭いから、ジョンシンに自分の部屋を提供しようとしたら、思いがけない提案をしてきた。


「それなら、アンタも一緒に寝ればいい」
「断る。ひとりじゃないと寝られない体質なんだ」


冗談じゃない。
一応面識はあると言っても、ほとんど素性も分からないような男と同じベッドで、万が一にも肌が触れ合うこともあるかもしれないのに、一緒に寝られるはずがない。
いくら奮発してダブルサイズのベッドにしたからと言っても、そんな話ならこちらから願い下げだ。


ジョンシンはなかなか納得せず、しつこいくらいにベッドで寝ようと誘われたが、断固拒否した。そこまで言うのなら、自分がソファーで寝ると言ってほしかったが、男の口からその台詞が出ることはなかった。










「ヨンファ、聞いてくれよ」


夕刻近く、休憩がてら自動販売機で缶コーヒーを買って、そばの休憩スペースに座って飲んでいる時だった。
肩を叩かれて振り返ると、昨夜一緒に飲みに行った同期のファン・グァンヒが立っている。
目尻の下がった優しげな顔立ちがなぜか曇っていて、ゆっくりとした動作でヨンファの隣に腰を下ろした。
何か仕事でミスでもしたのだろうか。


「どうした?」
「彼女が浮気してるかもって話しただろ。俺、もう立ち直れないよ……」
「何かあったのか?」
「それがな、G社の四十代の妻子持ちと不倫してたんだよ」
「マジか……」


G社とは、アメリカに本社を置く世界最大級の外資系投資銀行だ。
ヨンファたちが勤務しているK銀行は韓国国内にある銀行の最大手で、ふたりは本店に配属されていたが、G社と比較するとやはり見劣りするのは否めない。


「グァンヒ、また飲みに行くか?俺でよかったら付き合うぞ」
「当分そんな気になれないから、またな」
「おい、本当に大丈夫かよ」


ガックリと肩を落とし、神妙な面持ちをしていて、ショックの大きさが窺える。
気の毒すぎて、何て言葉をかけていいのか分からなかった。
彼女と上手くいっていないというのは以前から聞いていたが、男にとってこれほどショックなことはないだろう。
取り敢えず、今のヨンファにできることと言えば、コーヒーを奢ってやることくらいだった。










仕事を終え、ヨンファがアパートに帰り着いたのは十九時半を過ぎていた。
ラフな格好に着替えていると、ちょうじ二十時きっかりにジョンシンが訪ねてきた。


玄関のドアを開けると、スーパーで買ったと思われる食材の入ったビニール袋を手に提げている。約束どおり、本当に晩飯を作るようだ。


「じゃあ、キッチンを借りるな」


ヨンファがシャワーを浴びているうちにちゃちゃっと作り、髪を乾かし終わる頃にはほぼ出来上がっていた。手際がよくて、作り慣れていることが分かる。
三十分ほどで、ローテーブルの上には何種類かの料理が用意されていた。


ヨンファがテーブルにつくと、ジョンシンはご飯とテンジャンチゲを器によそい、冷蔵庫の中からサラダとキムチを取り出して、ヨンファの前に置いた。


「いただきます」
「どうぞ」


各々がボソボソと呟き、たった男二人の食事が始まる。こんな絵面は初めてだ。
今まで彼女の手料理をここで向かい合って食べたことはあるが、今日ほどテンションの上がらない食事風景も珍しい。
まったく目の保養にもならないし、第一華がない。


仕事から疲れて帰ってきて、可愛い女の子でも目の前にいれば癒されるのだろうが、大柄のお世辞にも愛想がいいとは言えない男と一緒に晩飯を共にするなど、異様な光景以外の何者でもなかった。


あまり期待せずに、並んでいる料理のひとつに箸をつけてみる。
一口食べて、ヨンファは驚かされた。
予想に反して食べれる。というか、冗談抜きに美味しい。
一人暮らしを始めて、ヨンファもできる範囲内で自炊をしているが、根本的にレベルが違う。


ジョンシンはまじまじとヨンファの反応を見ていたが、素直に感想を漏らすと、嬉しそうに笑い箸を動かした。
歴代の彼女の料理を振り返ってみても、これほどの腕前の子はいなかったように思う。
プルコギを頬張りながらヨンファが昨夜の顛末を質問してみると、ジョンシンはばつの悪そうな顔をした。


「あ……合コンでちょっと飲みすぎてな」
「それで悪酔いして、帰ってきたらカードキーが故障してたのか。無職がそんなご身分じゃないだろ。早く仕事を探した方がいいんじゃないのか?」
「……まあな。一度は断ったんだが、人数が足りないからどうしてもって言われて行ったら、うるさい女どもに散々飲まされた」
「へぇ、お前ならモテるだろうな」


同性として正直面白くないが、認めざるを得ない。
無職というのはいただけないが、高身長でモデル張りのイケメンとくれば、その場の女性たちの視線を一身に浴びるだろう。
羨ましい目でジョンシンを見ると、本人はものすごく嫌そうな顔をしていた。


「モテたってしょうがねぇよ」
「なんでだよ。贅沢なこと言ってんな」
「興味ねぇもん」
「またまた。気取るなよ」
「そんなんじゃねぇ。だって俺、ゲイだし」
「ふーん」


チヂミを口に運びながら何気に相槌を打ったが、ヨンファはふと我に返る。
今、なんて……?
ジョンシンが喋った内容を反芻してみた。


――だって俺、ゲイだし。


ゲイ……。ゲ…イ……?


「ゲーーーッッ」


その言葉の意味を理解した途端、ヨンファは後ろのソファーまで飛び退っていた。
目を大きく見開いて、信じられないものを見るかのようにジョンシンの顔を凝視する。


「……なんだよ、その変なものを見るような目つきは。傷つくだろうが。しかも、すげー敏捷性だな。さすが元バスケ部」


嘘をつけ!そう言いつつ、ジョンシンはひとつも傷ついていない顔で平然と食べている。
ヨンファのリアクションに、まったく動じていないようだ。


「まっ、そういうことだから、女に言い寄られても仕方ねぇ」
「こ、恋人っているのか?」
「いねぇよ。俺、未だに初恋を引きずってんだ」


何をいい歳して気持ちの悪いことを言っているのかと思ったが、恐ろしくて突っ込めなかった。
身の安全を確認するまでは、絶対にジョンシンのそばには近寄るまいと、ヨンファはソファーから離れず、遠慮がちに訊く。


「……まさか、その初恋の相手も…男なのか?」
「もちろん」


自信満々に答える男に、ヨンファの顔は引き攣る一方だ。
決してマイナリティーに対して偏見を持っているわけではないが、この男相手だと、広い心で受け止めてやろうという気が失せる。
筋金入りのゲイかよ……と薄ら寒く心の中で思ったが、さすがに口に出すのは憚られた。


「こ、好みのタイプとかあるのか?」


もし急に襲われでもしたらとんでもないと思い、念のため探りを入れてみる。
場合によっては、食事を作ることを断って、この部屋への出入りを禁止しなければならないかもしれない。


「そうだな。マッチョで男らしくて……」


自分と真逆のタイプを口にされ、ヨンファはホッと胸を撫で下ろした。
元来、ヨンファは母親譲りの女顔に加えて、身体もお世辞にも鍛えているようには見えない。
これなら万が一にも押し倒される心配はないだろう。
知らぬ間に硬直していた全身から力が抜けると、またテーブルに戻って、食事を再開した。


「そんで、声が野太くて、毛深くて……」
「……………」


これもクリアーだ。ヨンファの声はやや甘めで掠れていて、体毛はむしろ薄い方だ。
どうやらジョンシンは、ラクビー選手のようなゴツイ男がお気に入りらしい
あまりにもリアルに好みの男の特徴を羅列され、内心ドン引きだった。
想像するだけで身体中に鳥肌が立ち、気持ち悪くて仕方がない。


まさか、このデカさで抱かれる方とか言わないよなと、ジョンシンに視線をあてたままヨンファは頭の中でいろいろと想像してしまう。
ゲイって奥が深いなと感心していると、目の前の男の口から仰天発言が飛び出した。


「そういうのと正反対のタイプ」
「……は?」
「俺、アンタみたいな美人で細くてそこそこ背もあって、色っぽい奴が超ドストライクなんだよな。押し倒して、アンアン言わせたくなる」
「……………」


絶句していると、ジョンシンはまるで内緒話でもするかのように、テーブル越しに顔を寄せてくる。


「さっき言った初恋の相手って、実はアンタなんだ」
「!」


衝撃の事実を次々と告げられて、あんぐりと口を開けてしまう。
ショックが大きすぎて、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていると、顔の前でジョンシンが手をヒラヒラと動かしてきた。


「おーい。アホッ面になってんぞ」


もう我慢の限界だった。
ヨンファは箸を止めて不機嫌な顔をすると、強い口調で大声を張り上げた。


「誰がだっ。紛らわしい言い方してんじゃねぇよっ!寄るなっ。俺の半径1メートル以内に近づくんじゃないっ!」


正面から睨みつけるが、本人はどこ吹く風で、少しも気分を害した様子はない。


「で、アンタは今、特定の相手はいるのか?」


しれっとした顔で逆質問をしてくる男に、ただ呆れるしかない。


「なんでそんなことをお前に教えてやらないといけないんだよ」
「参考までにな」


ジョンシンの瞳に、意味ありげな色が浮かんでいるような気がした。
彼女は目下いない。
社内恋愛で支店の女性と二年半付き合っていたが、半年前に別れて以来、今はフリーだ。
しかし、それを馬鹿正直に教えるつもりはなかった。


「答えてやる義理はないな。いいか、もし俺に何かしやがったら、ブッ殺すからなっ!」


興奮しすぎて、肩で息をする。
思いっきり凄んでみても、ジョンシンが動じるはずはなかった。
イライラしてヨンファは整った眉を寄せ、落ちてくる前髪を無造作に掻き上げる。
不意に視線を感じて上目遣いで見やると、ジョンシンが珍しく真剣な顔をしている。
切れ長の双眸にじっと見つめられて、ヨンファは気まずくて思わず目を逸らせた。


この状況は非常にマズい。
男に犯されるかもと引き攣った表情を浮かべると、ジョンシンは肩を竦めて立ち上がった。


「片づけるから、早く食べろ」


面の皮が厚い男は、自分の食器を流しに持っていって洗い始める。
今すぐどうこうしようという気はないらしい。
ヨンファは天井に顔を向けて、大きく息を吐き出した。


いくら想いを寄せられても、ゲイでないヨンファがジョンシンを受け入れることはまずない。
冷静になって考えてみると、高校時代、バスケ部の練習を見に来ていたのも、こういう理由があったからなのだろうか。
そうでなければ、部外者がわざわざ足繁く通うことはないはずだ。


知らなければよかった。
料理好きの元後輩で隣人というだけなら、付き合いやすかったのに――。


翌日も、同じ時間にジョンシンはまた晩飯を作りに来た。
独り身のヨンファにとっては正直助かるし、有難い。
しかも、あまり認めたくはないが、過去付き合ってきたどの女性よりも料理の腕はいい。
それを口に出すと、本人が調子に乗りそうな気がして絶対に言ってやらないが、男の作る食事だけは満足していた。










ジョンシンが同性愛者だということを頭に叩き込んで、ヨンファが常に危機感を持つようにすると、それを嘲笑うかのように意外にも行動は紳士的だった。
強姦魔のように突然襲いかかってくることもなければ、その手の話題も一切ない。
それで、すっかり安心していたのか、ある日、ヨンファはやらかしてしまった。


晩飯を作ってもらうようになって、一週間が経った夜のことだ。
インターホンの音がしてドアを開けると、いつもの如く買い物袋を提げたジョンシンが立っていた。それは毎度同じ光景なのに、なぜだか男の様子がおかしい。
驚きに目を見開いたかと思うと、無言のまま硬直している。
視線の先を辿っていくと、ハーフパンツを穿いただけのヨンファの上半身に行き着いた。


「……なんだよ?」


双眸を細め、食い入るように見つめられて、居心地の悪さを感じる。
訳が分からずにヨンファが眉を顰めると、とんでもない答えが返ってきた。


「俺の気持ちを知ってて、誘ってんのか?」


その言葉で、目の前の男がヨンファに対して邪な気持ちを抱いているゲイだったことを思い出す。完全に油断していた。


「んなわけあるかっ。暑いからシャワーを浴びてたんだよ。お前の腐れ脳味噌はどこまで都合よくできてんだ!」


舐めるような目つきにヨンファの全身が総毛立ち、慌てて自室へと逃げ込む。
本当に面倒くさい。
ひとりの時は大抵こういう格好で、部屋の中をウロウロしているのに。


大急ぎでTシャツを着て、そっとドアに耳を押し当てると、隣のキッチン兼リビングからジュージューと小気味よい音が聞こえた。
フライパンで何かを炒めている音だろうか。
何とも言えない複雑な心境になり、げんなりしてくる。
ドアに背中を凭れさせて、ヨンファはずるずるとその場に座り込んだ。


毎日家と会社を往復し、シャカリキになって働くだけの何の変哲もなかった日常が、ジョンシンと再会してから奇妙なことになっている。
誰が見ても、この関係はおかしいと思うだろう。


高校生の時に面識があった男と隣人同士というだけで、友人のような付き合いをしていることに違和感を覚え、先ほどのような事態が起こると辟易する。
明らかに気分が良くないにもかかわらず、何だかんだ言いながらもこの状況を受け入れている自分がいる。


もし嫌悪感しかなければ、晩飯作りを提案された時に速攻で断っていたはずだ。
どうしてなのかヨンファにはまだよく分からないが、それを上回る何かがあるということだろうか。


確かにジョンシンに対して遠慮はないし、ヨンファも言いたい放題だから楽と言えば楽なのだが、やはり手料理が最たる理由かもしれない。
どんだけ飢えているのかと自分で自分を叱咤したくなったが、この短期間で胃袋をガッツリつかまれて餌付けされていることに、戸惑いを隠せなかった。


「ヨンファ、メシできた」
「………っ」


突然、ドア越しに声をかけられて、心臓が大きく跳ねた。
疚しいことを考えていたわけでもないのに、すぐに返事ができない。
ゆっくりとした動作で立ち上がると、ヨンファはドアを開けて、開口一番文句を言った。


「おい、呼び捨てにすんなよ。俺の方が二つも先輩なのに」
「んなもん、卒業した時点で消滅してるだろ」
「……………」


即一蹴されてしまった。
いつも切り返しが早く、妙に説得力があって、ジョンシンに言われると「そうなのか?」と自分の発言に自信が持てなくなり、気づけばいつも丸め込まれている。


ヨンファの通っていた学校は私立の中高一貫校だったので、ジョンシンも馬鹿ではないはずなのだが、時折あまりにもくだらない話題を持ち出されたりすると、「裏口入学か?」と疑いの目で見てしまう。
実際のところ、頭がいいのか悪いのかよく分からなかった。


ジョンシンの作る料理は味付けはもちろんのこと、さまざまな食材を使っていて栄養のバランスもいい。最近、体調まで良くなってきたような気がする。
あまりの美味しさについポロッと本音が出ると、ジョンシンは満足げに笑った。
これが女性なら文句なく付き合うところなのだが……と、190センチ近い大男を見て溜息をつく。結局、行き着くところはそこなのだ。


「なあ、明日ってアンタの誕生日だよな。二十二日」
「よく知ってるな」
「そりゃあ、なにせ初恋の相手だもんよ」
「……それはもういい」


素っ気なく返しながら、黙々と箸を動かした。
普通に会話をしていても、途中ですぐ色事ネタを絡めてくるから、その都度ヨンファは脱力する羽目になる。これさえなければ、普通に友人として付き合っていけるのかもしれないが、それは実現しない可能性が高い。
いつもならヨンファが話を遮った時点ですぐ他の話題に移るのだが、この日は違っていた。


「ちっともよくねぇよ。はぐらかさずに、たまには聞く耳を持てよ」
「……何を聞けって?」
「卒業して会えなくなっても、完全にアンタを忘れることはなかった」


いつものふざけた口調ではなく、感情を押し殺したような低音で告げられる。
何度も自分は男には興味はないと伝えても、それでも懲りないジョンシンにヨンファは息苦しさを覚えた。


「お前も大概しつこいな。俺は女がいいんだから、そんなことを言われても困る」


熱っぽい視線を断ち切るように、ヨンファは極力目を合わせないようにして、食べることに集中した。


「どうせフリーで祝ってくれる女もいねぇんだろ?」
「ほっとけよっ」
「なんか作ってやっから、早く帰って来いよ」


彼女がいないとは一言も言っていないのに、どうやら見抜かれていたようだ。
付け込まれないかと内心冷や冷やしながら、警戒心がマックスになる。


「いいよ。そんなの。それより、いつまで料理を作る気だ?もう一週間過ぎたぞ」
「まだ金額に達してないだろ」
「弁償のことはもういい」
「俺が作りたいんだ。ひとり分もふたり分も大して変わんねぇ」


まさに堂々巡りだった。
ジョンシンの強引さに呆気にとられながら、そう言われると、どうしてもはっきりと拒絶できない自分がいる。
言葉を失っていると、ジョンシンは明日のメニューは何がいいかと能天気に訊いてくる。
非情になりきれない自分に、ヨンファは臍を噛むしかなかった。





To be continued





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haru
Author: haru
CNBLUEのBL小説を書いています。CPはシンヨン&釜山ズ&ミニョヨンです。ヨンファ溺愛主義でとんでも妄想ばかりですが、愛だけはぶっこんでいます。
話のトーンはほのぼの、甘々、コミカル、シリアス、切ない系。ハピエンオンリーです。
基本マイペースでランダム更新。妄想は思いつくまま、気の向くまま。R18の内容が含まれているため、未成年の方、苦手な方は閲覧にはくれぐれもご注意下さい。
尚、当ブログに掲載している作品はすべて私個人のオリジナルですので、模倣、転載等はご遠慮願います。

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2016/06/23 (Thu) 07:40

hoshi

haruさん♡

もうもうもう―――!!!
ヨンファが可愛らしすぎて、ちょっと私どうにかされてしまいました←
初恋の相手が偶然お隣に住んでいるなんてもう、運命としか言いようがありませんよね♡
あと、ジョンシンの正体も気になってどうしようもありません。
ホントにharuさんちのジョンシン好きすぎて私もう、どうしましょう?

ジョンシン、頑張れ!なのですが、ヨンファの心をどうやって変化させていくのか物凄く楽しみです。
ふたりの掛け合いの会話も♡

続きもお利口にしてお待ちしています。
素敵なお話をありがとうございました♡
楽しみが増えて、踊ってますわ、私←まず、落ち着かなくちゃw

2016/06/23 (Thu) 13:27

haru

t*******さん

読んで下さり、ありがとうございます♡♡
皆さんのお話、楽しまれたことと思います(≧ω≦)b
ここにどうしようもないのがおりますが、何とか明日の朝までにアップできるよう頑張ってみます♪

2016/06/23 (Thu) 20:07

haru

hoshiさん

間に合わなくてごめんなさい!!
恥ずかしすぎて、穴があったら入りたいです(>ω<)

最初、ドシリアスのシンヨンを書いていたところ、途中で長くなりそうなことに気づき、急遽この話に変更したんですが、結局無理がありました(-ω-;)
書きかけのシリアスもいずれ形にしたいと思います♡

hoshiさんにいろいろ感想をいただいて、反省しないといけないのに、小躍りしたくなっちゃいました♡♡
どうもありがとうございますヾ(。・ω・。)ノ
俺様ジョンシンばっかり書きたくなって、もはや病気です♡
続きを書き終わったら、hoshiさんところにもお邪魔させてもらいますね♪

2016/06/23 (Thu) 20:36