CNBLUEのBL小説ブログです。ヨンファ溺愛主義で、シンヨン&釜山ズ&ミニョヨンの話を書いています。

蒼き運命 -アオキサダメ- 1

2016年03月14日
蒼き運命 -アオキサダメ-(極道パロ) 0






医局の時計を見ると、時刻は深夜一時をまわっていた。


長時間勤務を終えたジョン・ヨンファは、フーッと大きく息を吐き、ロッカールームへと向かった。
脱いだ白衣をクリーニング専用の籠へ放り込み、私服に着替える。
鏡を見ると、人からよく綺麗だと評される顔はひどい有様で、眉間には皺が刻まれ、目の下には薄らとクマができていた。


早く帰宅して、少しでも寝ておかないと。
また数時間後には、ここに戻ってこなければならない。


勤務医が夜間の当直業務をこなしたあと、連続して通常勤務にあたるのは日常茶飯事のことだ。
深夜を含む時間外労働による拘束時間の長い勤務であり、精神的緊張を常に伴う業務であることから、どうしても身体に負担がかかってしまう。


両手で軽く頬を叩いて活を入れると、ヨンファは廊下に出た。


「ジョン先生、お疲れ様でした」
「お疲れさん」


すれ違った看護師と挨拶を交わし、ヨンファは勤務するS大学附属病院の職員専用駐車場へと向かった。


二十八歳という年齢は内科医の中では一番若く、それに加えて独身のため、他の医師よりも比較的当直が多い。
仕事自体は好きなのだが、とにかく時間が不規則でまとまった睡眠をとることができず、疲労の色は隠せなかった。


しかし、自ら望んで飛び込んだこの世界。
暴力団同士の抗争事件に巻き込まれ、幼い頃に母親を亡くし、それがきっかけで念願の医師になったのだから、このくらい何てことはない。






愛車に乗り込もうとドアに手をかけた時、人の視線を感じてヨンファは後ろを振り返った。
だが、周りには職員の車が停まっているだけで誰もいない。


―――またか。 一体、何なんだ……。


ヨンファは眉を顰めて、舌打ちをした。
ここ最近、誰かに監視されているような感覚がついてまわり、ずっと違和感を覚えていた。
ただでさえ疲れているというのに、余計なことに振り回されてイラついてしまう。


数分間、様子を窺っていたが、何もなかったので、諦めて運転席に滑り込む。
十分ほど走ると、自宅マンションが見えてきた。


ここで一人暮らしをするようになって五年経つが、毎日忙しくてほとんど寝に帰るだけの状態なので、部屋の中は驚くほど閑散としている。
大所帯だった実家を出た時、あまりの落差に数日間は落ち着かなくて、なかなか寝られなかったほどだ。


不意に、色白の韓国人離れした端正な顔が、頭をよぎった。
寡黙でいつも一歩引いたようなところがあったが、ヨンファとは兄弟のように育ち、仲も良かった。
その関係が崩れ出したのは、いつ頃だっただろうか。


忘れようと、ずっとそう思っていた。
ヨンファが実家に帰ることは皆無に等しい。
となると、彼との接点もなくなるし、向こうからこちらに会いに来ることもないだろう。
案外ヨンファのことなど、もう忘れ去られているかもしれない。


急に胸がズキズキとした痛みを訴えてきて、ヨンファは慌ててそれを打ち消す。
忘れたくても、未だに心の中から完全に追い出すことができず、ヨンファは何年経過してもその男の影から解放されることはなかった。


―――未練…なのか……。


今更考えてみたところで、どうしようもない。
彼とはあまりにも住む世界が違いすぎる。会ってはいけない相手なのだ。
忙しければ余計なことまで考えなくて済むから、自分にとって今の生活環境はとても有難いと言えた。






マンションの駐車場に入ろうとした時、目の前の大きな公園の道路脇に、黒塗りのベンツが一台停まっていることに気づいた。
スモークガラスが使われているため、中はまったく見えない。
ヨンファは嫌な予感がした。


―――まさか…うちの組の者か?それとも……。


車を降りたヨンファがそちらを気にしていると、運転席から一人の男が出てきた。
うす暗い街灯に照らし出され、ゆっくりとした歩調で近づいてくる人影に顔を強張らせた。
それが誰なのかすぐに分かり、ヨンファは一歩後ずさる。


その男は真っ黒いサングラスをかけ、高そうなダークスーツに身を包んでいた。
暗くて目どころか表情もまったく分からない。


こんな偶然があっていいのだろうか。
つい今しがたまでヨンファの頭を占領していた人物が、目の前に立っていた。
ヨンファが家を出ようと思った一番の要因で、未だに心を奪われたまま吹っ切ることさえできないのだ。


男がサングラスを片手で外し、目尻の上がった瞳が静かにこちらを見つめてくる。


「お久しぶりです、若」


五年ぶりに、あの懐かしい低い美声が耳に届く。
ソウル市で最大規模を誇る暴力団組織青龍組の若頭補佐を務めるイ・ジョンヒョン。
最後に会った時よりも精悍さが増し、苦みばしった男の顔つきになっている。
あまり歓迎したくない再会に、ヨンファはその顔を真正面から見ることができず、ネクタイの辺りに視線を彷徨わせていた。


「その呼び方をするな。俺は組の人間じゃない」


この男にだけは、決して言われたくはなかった。


「すみません、ヨンファさん。変わりはないですか?」


相変わらず他人行儀なものの言い方に、ヨンファは何とも言えない気持ちになる。
高校生の時までは普通に会話をしていたのに、卒業と同時に組に入った途端、ヨンファに対して敬語を使うようになった。
昔と同様、終始落ち着き払った態度で、何を考えているのかさっぱり分からない。


「この通りな。そんなことが聞きたくてわざわざ来たのか?青龍組の若頭補佐ってのは案外暇なんだな」


動揺を悟られたくないから、つい憎まれ口を叩いてしまう。
自分の方が年上なのに、ジョンヒョン相手だとどうしても感情をコントロールできない。


ヨンファが実家を出たあとも、メディアや人伝に組の話は耳に入ってきていたので、幹部の名前と役職くらいは知っていた。


「すみません。連絡をしても繋がらない可能性があったので、失礼を承知で待たせてもらいました」
「こんな時間になんだ?」
「立ち話もなんですから、こちらへ」


声のトーンを落として慎重さを欠かないジョンヒョンに、仕方なくヨンファは黒い車の助手席に座った。
密室に二人きりという状況に戸惑い、張り詰めた空気の中、運転席に目を向ける。
至近距離で視線が絡み合い、吸い込まれそうな深い双眸に、ヨンファは心拍数が高まった。


「それで?」
「実は三日前、親父さんが何者かに狙撃されまして」


予期せぬ言葉に、ヨンファは身を乗り出して声を荒げた。


「親父が撃たれたのか!?それで容体は?」
「命に別条はないんですが、右太腿に銃弾を受け、全治二ヶ月の重傷と診断されました」
「そうか……」


こういう稼業は常に危険がついて回ることは百も承知しているが、ヨンファは生きた心地がしなかった。
いくら別々に住んでいるとはいえ、ヨンファは父親のことが嫌いなわけではない。
組長である父親が、ヨンファに跡目を継がすことを強要しなかったのは、本当に今でも感謝している。
S大学医学部五年生の時に実家を出て一人暮らしを始めたが、それは父親の援助があったからこそ実現できたのだ。


ヨンファは子供の頃から成績優秀で、要領が良く利発だったため、進学先も就職先もすべて一人で決断した。
金銭面のことがあるから、事前に父親の了解をとった上ではあるが、特に反対はされなかった。
有難いことにインターンシップが終わるまでは金銭的な援助を受けていたので、そのお陰で今の自分が存在していることもよく分かっている。


五歳の時に亡くした母親の死因が、余所の組の発砲した流れ弾に当たったという事実に、父親も思うところがあったのだろう。
ヨンファが長い間悲しみに暮れていたことも、このことがきっかけで医師を志すようになったことも知っていたようだった。


「どういう状況だったんだ?」
「南部洞組の幹部とホテルのロビーにいるところを襲われました」
「撃った相手が誰なのか、調べはついているのか?」
「恐らくチルソン組の下っ端連中ではないかと。生憎、取り逃がしてしまいまして…」
「釜山のか?何故うちが狙われるんだ?」
「青龍組だけを標的にしているのかどうかは現時点では分かりませんが、こちらに進出して、勢力を伸ばすのが目的だと思われます」


縄張りは、暴力団にとっての独占的「家産」であり、かつ生活の源泉である。
その縄張り内からあがる収益によって組織を維持し、組員の生活を支える基本的な生活手段となっている。
つまり、縄張りが広がれば、その集団は経済的に恵まれるばかりでなく、親分の暴力団社会における権威が上がり、同時に子分の地位も上昇し、より安定したものになることから、暴力団は常に縄張りの拡大に努めることになる。


「なるほど。縄張り争いか。……戦争になるのか?」
「その可能性は無きにしも非ずです」


反対に自己の縄張りに侵入し、これを奪取しようとする動きに対しては、全組織をあげて死守しようとする。
近い将来、自分を巻きこんで何かが起こるような予感がして、ヨンファは身震いがした。


「ヨンファさんさえよければ、親父さんを見舞ってやって下さい」
「分かった。どこの病院か教えてくれ」







*********************************************************************







休日の昼前、ヨンファは迎えに来たジョンヒョンの車に乗り込んで、父親の病院へと向かった。


最上階にある特別個室は、最も高いセキュリティを備えた病室らしく、病棟への入口と各個室はカードキーで入るようになっている。
ベッド以外に、洗面、トイレ、シャワールームがあるのはもちろんのこと、応接セットやキッチンまで完備されていた。


五年ぶりに会う父親は、以前よりも白髪の量が増え、顔にも年輪が刻まれていた。
ヨンファをじっと見ると、「母親に似てきたな…」とポソリと呟き、複雑な思いがする。
少し痩せてはいたが、それでも厳格な雰囲気は変わらないままだ。
心配するヨンファに対して首を横に振って、それを跳ねつけてきた。


「お前は屋敷を出た身だから、気に病むことはない。今までどおり自分の仕事に邁進すればいい」
「そうは言っても……」
「今後、抗争になる可能性がある。だから、ヨンファは一切この件に関わらないことだ」
「しかし……っ」


迷惑をかけまいとしている父親の気持ちが痛いほど分かり、堪らなくなる。
母親を亡くして以来、ヨンファは父親と青龍組を恨み、嫌悪し、自分の境遇を呪ったこともあった。
そんな息子のことを常に考え、父親は自分と同じ道に歩まそうとはしなかった。


素人同然のヨンファが組にとって何の役にも立たないどころか、かえって足手まといになることはよく分かっている。
だからと言って、ただそばで見ているだけしかできない自分の無力さに、何も感じないわけではなかった。


どう声をかけていいのか分からず、ヨンファは父親の手に触れた。
節くれだった無骨な手はとても温かく、ヨンファの胸は痛いほど軋んだ。


縁起でもないが、たった一人の肉親まで失うことになれば、自分は果たして正気でいられるのだろうか。
それもまた、極道の家に生まれた者としての宿命なのかもしれないが、このまま何もせずに最悪の事態を迎えるのは嫌だった。


「ヨンファ、来てくれて…ありがとう」


ヨンファの手を握り締めて礼を言う父親に、目を瞠った。
親不孝の自分に、そんな言葉をかけてもらえるとは思っていなかったヨンファは、唇が震えそうになった。
「また来る」とは言えない自分。そして、そのこともすべて分かっている父親。
時間は十分にも満たなかったが、お互いの心の中に何か温かいものが流れたような気がした。


腰を上げたところで、ジョンヒョンが病室に入ってきた。
ヨンファは父親に挨拶をすると、先に病室を出る。
ゆっくりとした足取りでエレベーターホールへ向かっていると、少し遅れてジョンヒョンが肩を並べてきた。


「もし良かったら屋敷に寄りませんか?皆、ヨンファさんに会いたがっていますよ」
「……そうだな」


久しぶりに父親の顔を見て、昔の思い出に浸りたくなったヨンファは思わず頷いていた。
てっきり断られるとでも思っていたのか、隣の男は一瞬驚いた顔をして、少しだけ口許を緩める。
それを見て、ヨンファは昔のことを思い返した。










ジョンヒョンはヨンファの父親が長年親しくしていた友人の忘れ形見で、ジョン家に引き取られた。
ヨンファが小学三年、ジョンヒョンが小学二年の時だった。
両親を交通事故で亡くし、一人息子だったジョンヒョンは親戚をたらい回しにされ、それを見かねた父親が引き取り手として名乗り出たと聞いている。


色白で優しげな面立ちをした物静かな少年は、普通の一般家庭から突然、極道の家にやってきて、相当不安を抱いていたに違いない。
マイペースで少し天然が入っていて、明るくて活発なヨンファとは対照的だった。
ヨンファも一人っ子だったため、大人しいジョンヒョンに自ら積極的に話しかけ、親しくなるのにそんなに時間はかからなかった。


同じ小学校に通い、中学と高校も公立の学校で一緒だった。
年頃になると、ジョンヒョンは音楽に興味を持ち、ヨンファの父親がプレゼントしたギターをよく弾くようになる。
色白の細い指が繰り出す音に合わせて歌う姿はとても格好良く、その歌声に聞き惚れたヨンファは時間があれば、頻繁にジョンヒョンの部屋に入り浸っていた。


ジョンヒョンとは話が合い、学校、勉強、共通の友人、趣味などの話題が多かったが、時折、将来の夢についても語り合った。
ヨンファは小学生の頃から医師になりたいと思っていたため、当然その道に進むつもりでいた。


『俺は跡目を継ぐつもりはない。それは親父も了承済みだから、ヒョニも自分のやりたいことをやればいい』


しかし、その時、ジョンヒョンはぎこちない笑みを浮かべただけで、特に何も言わなかった。
音楽の道に進みたいことはヨンファも知っていたが、父親に遠慮して口に出せないのかと、その当時はあまり深く考えずにいた。


そして、あれはヨンファが高校二年生の夏だった。
ジョンヒョンの態度に異変を感じるようになり、何となく二人の関係がギクシャクし始めた。


初めは、自分に対して何か不満でもあるのかと思う程度で、あまり気にはしていなかったが、ヨンファは少しずつその視線の意味に気づくようになる。
こちらを見る燃えるような眼差しには、友人としてではない好意的な意味合いが含まれていたのだ。


シャワーを浴びた後の濡れた髪や、少し開き気味の胸許を無言でじっと見つめてきたり、ヨンファが笑いかけると、途端に顔を赤らめることもあった。
学校で常に女子生徒からの熱い視線に慣れていたこともあり、それがどういう類のものかはすぐに分かったが、不思議と嫌悪感はなかった。


学校でも家でも、背中に強い視線を感じて振り向くと、大抵ジョンヒョンと目が合う。
口数が多くない分、彼の綺麗な瞳は雄弁に何かを語っていたのかもしれない。
その眼差しに引きずられたのかどうかは分からないが、見られていることにヨンファは少しずつ喜びを感じるようになっていた。


控えめにこちらを窺う顔から目が離せなくなり、視線が交わると心臓の鼓動が早くなった。
ジョンヒョンの手や腕に触れた瞬間、全身が痺れるような錯覚に陥ったこともある。
だからと言って、お互いに何かをしたわけではない。


同じ気持ちなんだろうなと分かっていても、常に周りに組員がいる状態では一歩踏み出すどころか、想いを口にすることすらなかった。
今思うと、なんてぎこちなくて稚拙な恋だったのだろうか。


しかし、それもそう長くは続かなかった。
ヨンファがS大学医学部一年、ジョンヒョンが高校三年の時だった。
大学受験をし、音楽に力を入れているK国立総合大学に合格していたにもかかわらず、それを蹴って、あろうことか青龍組に入ったのだ。
一言の相談もなく勝手に決めたことににヨンファは怒りを抑えることができず、ジョンヒョンを問い質した。


『なんで盃なんか酌み交わしたんだ!お前は本当にこの世界で生きて行くつもりなのかっ?』
『そうだ。俺は親父さんに引き取ってもらった恩義があるから、ずっとそのつもりでいた』
『音楽の道に進みたかったんじゃないのか?せっかく合格したのに、まだ間に合うかもしれないから、俺から親父に話してみる』
『勝手なことをしないでくれっ。俺が好きで決めたことだ!』


初めて目にするジョンヒョンの怒りを露わにした顔に、ヨンファは言葉を失った。
彼のためと思って言ったのに拒絶されて、胸にチクリと刺されたような痛みを覚えた。


その日を境に、ヨンファはジョンヒョンと同じ屋敷に暮らしていても、ほとんど話をしなくなった。
ヨンファは学業が忙しく、ジョンヒョンも舎弟の下っ端として走り回っていた。
進む道が違えば考え方も変わり、話が合うはずがない。
あれだけ行き来していた互いの部屋にも、まったく寄りつかなくなった。


ヨンファは生まれた時から、常に赤の他人の組員たちが出入りするのが当たり前の暮らしをしてきたが、少しずつ外の世界を知るようになると、極道の生き方に理解を示すことができなくなっていた。
そして、ついに耐えられなくなり、五年生になって間もない頃に屋敷を出たのだ。










駐車場に停めてあったジョンヒョンの車の助手席に乗ると、程なくしてヨンファは睡魔に襲われた。
普段の疲れが出てしまったのだろう。
隣で運転しているジョンヒョンの存在を心地良く感じながら、ヨンファはいつしか深く眠り込んでいた。


どのくらい時間が経ったのだろうか。
揺り起こされて瞼を開くと、目の前にヨンファが生まれ育った屋敷が見えた。


「着きましたよ。俺は車を駐車場に置いてきますから、先に入ってて下さい」


まだ若干頭がボーッとしていたが、ジョンヒョンに促されて、ヨンファは車から降りた。


広大な敷地をぐるりと囲むように長い塀が連なっており、正面には壮大な門がそびえ立っている。
門をくぐると広々とした日本庭園が広がっていて、その奥には立派な日本家屋が見える。
亡くなった先代の組長、すなわちヨンファの祖父が大の親日家で、わざわざ日本から職人を呼んで作らせたものだ。


ここで暮らしていた頃を懐かしく思いながら、きちんと手入れされた中庭を久方ぶりに堪能していると、髭面の男がヨンファの存在に気づいた。
昔馴染みの組員だ。


「おぉ!ヨンファさんだ!」


その声を聞きつけたのか、四方八方からバタバタと大勢の足音がこちらに迫ってくる。


「なに!坊がお帰りだと?」 
「若が帰っていらしたのか!?」
「えっ、ヨンファヒョンが……?」


ドスの効いた声とともに、ヨンファはあっという間に長身でガタイがいい男たちに周りを取り囲まれてしまった。
久しぶりに強面の屈強な組員たちを前にすると、ヨンファもさすがにその気迫に圧倒されるが、皆一様に目を輝かせ、歓喜の表情で押し迫ってきた。


「坊っちゃん!」
「若っ」
「ヒョン!」
「ヨンファヒョンっ!」


ヨンファがよく知っている古参の組員をはじめ、他に新顔が何人もいた。
かつて親しくしていた面々を見つけて、あの頃を思い出し、懐かしく思う。
周りをぐるっと見渡し、ヨンファは笑みを浮かべながら声をかけた。


「皆、元気だったか?」
「お帰りなさいやしっ!」


その場にいる男たちが一斉に声を上げ、ヨンファがその迫力に驚いて苦笑すると、また歓声が湧き上がる。


「坊ちゃん、ご立派になられて見違えましたな。お帰りになるのを皆、心待ちにしていたんですよ」


最高顧問のハン・ソンホが、感慨深げにヨンファの顔を見て言う。


「久しぶりだな、ハン。でも、二十八にその呼び方はやめてくれ」
「ははっ、そうでした。つい癖でして。ところで、親父さんに会われたので?」
「ああ、さっき、ジョンヒョンと一緒に行ってきた。皆にもいろいろ世話になってすまない」


ヨンファの労いの言葉に、組員たちはますます盛り上がる。


「それは、さぞかし親父さんも喜ばれたでしょうね」


ヨンファがハンと話をしていると、男が一人ゆっくりと前に出てきた。


「お帰りなさい、若。また美貌に磨きがかかりましたね」


若頭のチャン・グンソクだった。
少し長めの髪を後ろに流し、ヴェルサーチのスーツを嫌味なく着こなすインテリタイプで、スタイルはスラッとしていて頭が小さく、まるでモデルのように見える。
しかし、眼光は鋭く、口許に笑みを浮かべていても、まったく柔和な感じはせず、危険な空気を漂わせていた。


「グンソク、元気そうで何よりだが、一言多いのは変わらないな」
「これは失敬」


ヨンファがチクリと釘を刺すが、グンソクは笑みを深くして、怯む様子もない。
視線を横に流すと、すぐそばでじっと見つめてくる長身に気がついた。
グレーのTシャツに細身のジーンズというラフな格好で、腕を組んでいる。


「ジョンシナ…か?」
「久しぶりすぎて、顔、忘れた?」


意志の強そうな眉毛に、すっと通った鼻筋。
随分と目つきが鋭くなったが、笑うと昔の面影がある、舎弟のイ・ジョンシン。
髪は短い黒髪になっていて、随分とイメージが変わって見えた。


「忘れるはずがないだろう。お前、あれからまた背が伸びたんだな。茶髪のロン毛はやめたのか?」
「そう。見ての通り、男前度がアップしただろ?」
「自分で言うなよ」


俺様な性格は相変わらず健在のようで、不敵な笑みを浮かべている。
そして、そのすぐ隣に懐かしい顔を見つけた。


「ミニョク!」
「ようやく帰ってきてくれたね、ヨンファヒョン。ずっと待ってたんだよ!」


同じく舎弟のカン・ミニョクは、特にヨンファと仲が良かった。
目を細めて笑う愛嬌のある顔と包み込むような温かさは昔のままだが、タンクトップから覗いている二の腕に驚いた。


「随分逞しくなったな。あの細っこかったお前が……」
「皆に力負けしないようにジムで鍛えてるんだ。ヒョン、会いたかったよ」
「俺もだ。元気そうで本当に良かった」


極道の世界では、組に入ったばかりの者は部屋住みと言って、事務所もしくは組長の居宅で一緒に生活を送る習わしがあり、一人前になるための近道と言われている。
組織によって違いがあるが、青龍組では三年間と決められていた。


ミニョクはジョンシンと同い年で、十八歳の時、組に入ると同時にこの屋敷へやってきた。
極道の礼儀作法を一から叩き込まれ、ありとあらゆる家事全般に雑用、その他諸々と、二人が奔走していたことを思い出す。
ヨンファと年齢が近い者は皆、実の兄弟のように仲が良かった。


その中でも、ミニョクは組の人間とは思えないほど思いやりのある青年で、ヨンファのことを心から慕ってくれていた。
課題に追われて忙しく部屋に籠っているヨンファのために、夜食を作ってくれたり、何かと世話を焼いてくれた。
ジョンヒョンとほとんど接触しなかった分、ミニョクやジョンシンと話をすることが圧倒的に多かったのだ。


心から再会を喜んでくれる組員たちを見ていると、ヨンファは五年もの間帰ってこなかったことを少し悔やんだ。
表社会にいるヨンファと、裏社会で生きている組員たち。
お互い立場は違えど、家族同然なのには変わりはない。
ヨンファがいなくても、組と屋敷、そして父親のことを守ってくれている面々には本当に頭が上がらない。


一頻り再会の挨拶が済むと、皆それぞれまた仕事に戻り、ヨンファは一人で屋敷の長い廊下を曲がりながら奥へと進み、突き当りにある自分の部屋へと向かった。
ドアを開けて中に入ってみて、ヨンファは驚いた。


予想に反して、何も変わっていない。
そこは時間が止まったように、五年前、ヨンファが家を出たままの状態になっていた。
十二畳ほどあるこの洋室で、大学五年生までここで過ごしていたのだ。


「懐かしいな……」


窓が開けてあり、掃除が行き届いているのが分かる。定期的に綺麗にしてくれているのだろう。
外を見ると、目の前に美しい庭園が見える。ヨンファはここからの眺めが好きだった。


その時、気配を感じると同時に人影が視線に入り、ビクッとなった。


「なんだ、お前か。ビックリさせるなよ」


振り向くと、面白そうな顔をしてジョンシンが立っていた。
いつもこんな感じで、この男は空気を消して、いきなり近づいてくるのだ。


「なぁ、なんでずっと帰ってこなかったんだよ。俺がまた襲いかかるのを警戒してか?」
「そんなこと、とうの昔に忘れていた」
「冷てーの」


同居していた頃、一度、ジョンシンに襲われかけたことがある。
十八歳で舎弟としてこの家に住み着くようになって、自分を見るジョンシンの目つきに只ならぬものを薄々感じてはいたが、まさか組長の息子に襲いかかってくるとは思ってもみなかった。


ヨンファに対してそんなふざけた真似をした人間は、この男をおいて他にはいない。
キスだけで済んだのは奇跡だった。


そんなことを思い起こしていると、ジョンシンはヨンファの手首を強引に掴んで自分の方に引き寄せると、手の甲を指でなぞってくる。


「相変わらず惚れ惚れするような綺麗な手だな。この手で手術とかしてんの?」
「俺は外科医じゃない。内科医だ」
「ふーん。じゃあ、患者の身体とか触るんだ?俺もアンタに触ってほしいな……」
「よせよ」


いきなり間合いを詰めてきたかと思うと、肩を押されてドアの横の壁に押しつけられた。
斜め上から見下ろされ、視線の持っていき場に困る。
強気で攻撃的な一面もあるが、ヨンファはジョンシンのことが嫌いではない。


組長の息子ということで、何度か危険な目に遭った時に身を挺してヨンファを庇ってくれたことがあるし、ぶっきらぼうながら結構優しいところもある。
ただ、言い寄ってくるのだけは、本当に勘弁してほしかった。


「めっきり色っぽくなって、食いてぇなぁ」
「俺はお前のことは弟のようにしか見れない。それは前にも言っただろう?」
「今でもヒョニヒョンに惚れてんのか?やめとけよ、あんな朴念仁。俺の方がよっぽどアンタを満足させてやれる」


間近から覗き込んでいたジョンシンが眉を寄せ、怒りが混じったような低い声に空気が凍った。
この二歳年下の男は飄々としているようで、その実かなり鋭い。
ヨンファが誰を見ているか、もう何年も前からお見通しで、それでいながらモーションをかけてくるのだ。
たちが悪いったらない。
反射的に抗った手首を両方とも掴まれ、壁に縫いとめられると、すっと顔を近づけてきた。


「そんな顔してたら止まらなくなるじゃねぇか。……アンタ、マジでヤバすぎ。一回寝てみたら分かるって」


ヨンファの太腿を大胆に撫でてきて、細い腰がビクリと震えた。
ジョンシンは、さも楽しそうにヨンファを追い詰めようとする。


「断る」
「つれねーな。何も即答することないだろ。まっ、そんなところもいいんだけど」


声のトーンが元に戻り、ヨンファは安堵して気が抜けそうになった。
目の前の厚い胸をドンッと両手で突き飛ばし、笑っているジョンシンを睨みつけてやる。






「……そこで何をしている?」


その声に、冷や水を浴びせられたようにヨンファの身体が強張る。
ジョンシンの後方にジョンヒョンの姿が見えた。


「ジョンシナ、スンヒョンが探してたぞ」
「あ、いっけねぇ」
「油を売るなよ」
「へいへい。……じゃあな」


離れ際、ジョンシンに耳許でそう囁かれた。


ジョンシンが去り二人きりになった途端、急に重苦しい空気が流れる。
探るような眼差しをされただけで、何を考えているのか、この状況をどう思っているのか、その無表情からは感情がまるで読み取れない。


「……何かされたんですか?」
「いや…何も……」


この様子から何もないはずはないのに、ヨンファが否定すると、ジョンヒョンはそれ以上詮索しなかった。


「夕飯はこちらで食べていかれますか?」
「……ああ」
「じゃあ、準備させます」


必要なことだけを淡々と告げられる。
ジョンシンのことに関してジョンヒョンが顔色一つ変えなかったことが、ヨンファの気持ちをより重く沈み込ませた。
よく笑っていた頃のジョンヒョンを知っているだけに、この変わり様は五年ぶりに目にしても、やはり慣れることはない。


仮に自分が他の男に襲われそうになっても、何も感じたりはしないだろう。
聞き惚れてしまう美声も整いすぎた容貌も、ほとんど変化することはなく、極道の世界に入ってから人間らしさまで失ったように見えた。


―――本当に変わってしまったんだな……。


ジョンヒョンが背を向けてその場をあとにすると、立ち尽くしたヨンファは重苦しい溜息をついた。





To be continued





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haru
Author: haru
CNBLUEのBL小説を書いています。CPはシンヨン&釜山ズ&ミニョヨンです。ヨンファ溺愛主義でとんでも妄想ばかりですが、愛だけはぶっこんでいます。
話のトーンはほのぼの、甘々、コミカル、シリアス、切ない系。ハピエンオンリーです。
基本マイペースでランダム更新。妄想は思いつくまま、気の向くまま。R18の内容が含まれているため、未成年の方、苦手な方は閲覧にはくれぐれもご注意下さい。
尚、当ブログに掲載している作品はすべて私個人のオリジナルですので、模倣、転載等はご遠慮願います。

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