CNBLUEのBL小説ブログです。ヨンファ溺愛主義で、シンヨン&釜山ズ&ミニョヨンの話を書いています。

Forbidden Love 7

2016年03月11日
Forbidden Love(兄弟パロ) 0






ヨンファはその黒い瞳に見つめられて、背中にゾクリとするものを感じた。


「……チョン・ヨンファです。よろしくお願いします」


ヨンファはソファーから立ち上がり、同様に挨拶を返した。
今日、入社したばかりの自分に補佐役がつくというのが、いまいちピンとこなくて、父親の言葉を待った。


「チャンくんは秘書室に籍を置くが、業務内容によって、秘書室と事業管理課を行き来してもらう。補佐役といっても今日入社したばかりのお前にしてみれば、教育係と思ってもらった方がしっくりくるかもしれないな」
「……はい」


父親の言葉に、ヨンファは神妙に頷いた。
自分とあまり年齢が変わらない相手が教育係ということに、多少の違和感は拭えないが、組織の一員として従うまでのこと。
仕事に関してはこれから慣れて経験を積めば問題はないが、そんなことよりも、終始表情を変えない冷静沈着なこの相手と果たして上手くやっていけるのだろうかと、そちらの方が気になった。


ふと、目の前の男がじっとこちらを見てきた。
まるで心を見透かされているようなその深い色の瞳に、ヨンファはザワザワと落ち着かない気持ちになる。


「面倒な頼み事だが、よろしく頼むよ、チャンくん」
「承知しております。お任せ下さい」
「ヨンファ、チャンくんのアドバイスに従って、いろいろなことを学びなさい」
「はい、分かりました」


父親がこの補佐役に全幅の信頼を寄せているのは、先程の賛辞やこれらの言動からしてもよく分かる。
滅多に人を褒めない父親を、納得させるだけの腕があるということだろうか。





ヨンファはグンソクとともに社長室を出て、自分の部署に戻ろうとすると、「キム課長にご挨拶に行きたいので」と言われ、グンソクもエレベーターに乗り込んできた。


「あとで、貴方にもお話があるので、少し時間を下さい」
「……はい」


5階でエレベーターを下り、グンソクは事業管理課に赴き、早速キム課長と話をしていた。
恐らく自分に関してのことだろうと推察される。
それが終わると、ヨンファはグンソクにいざなわれて、近くの応接スペースに向かい合って座った。


「今後のことについて話しておきます。先程、チョン社長の言われたように、補佐役として貴方をサポートするのが私の仕事です。自宅からここまでの送迎や、日々の貴方の行動を常に把握して、できるだけ早く仕事全般をあらゆる観点で把握できるレベルにするよう全面的に手助けをします。まず、業務に関してですが、キム課長から具体的にどういう指示がありましたか?」


「専門用語を一週間でマスターして、輸出入業務の基礎知識についてもよく頭に入れておくようにと」
「では、今日から私がどの程度覚えたかを毎日チェックします。業務が終わったあと、9階の会議室で行います」


一方的かつ断定的な言い方をされ、こちらには選択の余地はないのだということが分かった。
有無を言わさない、目に見えない威圧感のようなものを感じて、本当に二歳違いなのかと疑ってしまいたくなる。  
まったく無駄のないグンソクの言動に、ヨンファは臆することなく、聞き逃さないようにしていた。


「分かりました。チャンさん、いろいろとご面倒をおかけします」


ヨンファの言葉に、グンソクの顔色が初めて変わった。
何か気に障るようなことでも言ったかと瞬きをすると、ピタリと視線を据えてくる。


「私は貴方の部下なので、敬語はやめて下さい。グンソクと呼び捨てで結構です」
「…でも、僕の方が年下ですし…」


突然そう言われて、ヨンファは戸惑う。
目上の人間は敬うのが当たり前だと思っていたのだ。


「年齢は関係ありません。貴方はいずれは社長になられるお方なんですよ。今からこういう発言をするようでは、上に立つ資格はありません」


窘めるように指摘され、ヨンファは一瞬グッと詰まった。
今日から社会人になったばかりのヨンファには、まだこういうことがよく分からない。


「……じゃあ、グンソクと。僕のことも下の名前で」
「そうですね。チョン社長と区別させていただくためにも、ヨンファさんと呼ばせてもらいます」
「……分かった」


グンソクの迫力に圧倒されて、ヨンファはただ従うことしかできなかった。


「ヨンファさんとは常に連絡を取り合うようになりますので、今、総務課でヨンファさんの携帯電話を支給してもらうように手配しています。業務専用ですので、そのおつもりで。私の手元に届いたら、あとでお渡しします」


その他諸々の話も続き、30分後に解放された時には、ヨンファはすでに脱力感でいっぱいだった。
堅物教育係と一緒にいるだけで、息が詰まりそうになる。やはり不安は的中した。
この調子でこれから先、大丈夫なのだろうかと今から本気で心配になるが、耐えるしかないのだとヨンファは自分に言い聞かせた。







*********************************************************************







フロアー内の空気がざわついて、社員たちが慌ただしく仕事をしている中、ヨンファは自分の席で貿易に関する本を開いて内容を頭に入れていた。
専門用語は輸出、輸入の通関業務、船会社関連、コンテナ・貨物、フレイト・チャージ、貿易関連書類とカテゴリ別に分かれており、
ハングル語と英語表記の両方が記載されている。


ヨンファはいつものように不要なコピー用紙にそれらの用語を書いて頭に入れていく。
もともと暗記は得意な方なので、コツさえ掴めば順調に覚えていける。
周囲に鳴り響く電話の音や話し声は思ったほど妨げにはならず、この喧騒な雰囲気の中、一人黙々と作業を続けた。





午後7時半。
ヨンファは業務が終わったあと、グンソクと9階の第一会議室にいた。
これも恒例になりつつある。


「今日はまずこの問題を解いてみて下さい」


グンソクに渡された用紙は、何かの教材をコピーしたもののようだ。


「貿易実務検定の問題集から基本的なところだけを抜粋してみました」


グンソクは相変わらずの無表情で指示をしてきて、ヨンファは言われた通りに答えを埋めていく。
その間、グンソクは何か書類に目を通していた。
すべて解き終わるまで20分近くかかり、それを見せると、グンソクは回答と照らし合わせながら満足そうな顔で言った。


「かなりできています。順調に頭に入っているようで、さすがにS大を出られているだけありますね」


初めて褒められてヨンファが軽く目を見開くと、グンソクの表情が少しだけ和らいだように見えた。


「ひと通りのことは調べさせてもらっています。貴方が優秀で私も助かります。では、次にこの問題を……」





午後8時半を過ぎた頃に、ようやくグンソクから終了の言葉が出た。


「では、今日の勉強会はこれで終わりにしましょう。5分後に入口玄関前に車を横付けしますので、時間厳守でお願いします」
「分かった」


結局、一時間ほど問題と格闘したことになる。
仕事の直後は正直きついが、この確認作業が日々役に立っていることは否めないので、グンソクには感謝しなければならないのだろうが、とてもそんな風には思えなかった。





時間通りにヨンファが会社から出ると、すでに車が待機していた。
グンソクの仕事っぷりは完璧で、まったく抜かりがない。
当初、社有車と思っていたが、グンソクの所有する日本車だと分かり驚いた。かなりの値がするはずだ。


ヨンファは車の助手席に座りシートベルトを着用して、背凭れに寄りかかる。
さすがに連日いろいろなことがありすぎて、ヨンファはクタクタだった。


ただでさえ新しい環境の中で、大勢の人間に揉まれて、社会人になるとはこういうことなのかと思った。
今まで接したことのないあらゆる年代の人間を前に気が休まることはなく、覚えることもたくさんあり、仕事は待ってくれない。
ある程度覚悟はしていたが、これほどまでに大変だとは想定外だった。


「明日も朝8時にマンション入口まで迎えに行きます。それでよろしいですか?」
「あ…はい。お願いします」
「ヨンファさん、言葉遣い」


すかさずグンソクに指摘されて、ヨンファは言い直した。


「……頼む」


突然、喋り方を変えろと言われても、つい無意識のうちに敬語が出る時があった。
今まで長年染みついてきたものを急に改善しろと言われても、スラスラと口から出るものではなかった。


しかも、補佐役兼教育係のグンソクとは一緒にいる機会が多く、とにかく細かくてヨンファは辟易した。
ヨンファは社交的で、大抵の人間とは初対面でも抵抗なく話ができる方なのに、グンソク相手だとどうも話しにくく、何を考えているのか分からないところがあった。
今までお目にかかったことのないタイプだ。


部下相手に気を遣うこともないと、ヨンファも必要以上には口を開かず、ひたすら窓の外を眺めることにする。
グンソクもそれ以上話しかけてくることはなかった。







*********************************************************************







「チョンくん、ちょっといい?」
「はい」
「アメリカのT社とのL/Cが契約どおりか今からチェックするんだけど、貴方にお願いするわ」


キム課長に呼ばれて席を立ったヨンファは、書類を受け取った。


「契約書と内容が異なっていないか、よく見比べてね。ここでミスがあれば、すぐに連絡して訂正してもらわないといけないのよ」


自分のデスクに戻り、緊迫した雰囲気の中、ヨンファはまず、Irrevocable L/Cであるかどうかを確認した。
次にL/Cと輸出契約との内容、開設銀行の信用度、1993年改正信用状統一規則適用の文章があるかどうかを順次確認していく。それは英文で書かれているため、一言一句一致しているかどうか慎重に行い、問題がなければ、Restricted L/Cでないかどうかを確認した。


「チェック完了しました。問題ありません」
「じゃあ、次に商品の準備ブッキングをするから、船を決めて船会社に電話をします」
「はい」


基本的な専門用語は日々暗記して内容を頭に叩き込んだのですぐに理解できるようになったが、実務は分からないことが多いので、キム課長や同じ部署の先輩と一緒にやることが多かった。
失敗は許されないので、慎重かつ迅速に取り組むように留意しなければならない。


ヨンファが入社してじき三ヶ月になろうとしている。
常に緊張感が伴うが、責任のある仕事を少しずつやらせてもらえるようになり、難しい中にも楽しさを見出せるようになってきた。
どうしても短期間のうちに次々と新しいことを実践して覚えていくため、実のところ頭と身体はかなり疲弊していた。
持ち前の前向きさで仕事中はおくびにも出さないようにしているが、終わったあとはスイッチが切れたようになっていた。





会社から自宅マンションまで車で約20分の距離。
ヨンファはいつものようにグンソクの隣に乗り、シートベルトを締めた数分後には、睡魔が襲ってきて瞼が次第に重くなる。
車の振動がそれに拍車をかけ、いつの間にかヨンファは意識を失うように寝入っていた。


「ヨンファさん。着きました」


グンソクの声と、何かが髪に触れた気がして、不意に目が覚めた。


「……あ」
「お疲れのようですね。顔色がすぐれないようですが、大丈夫ですか?」
「……ああ…大丈夫……」


掠れた声で返答し、寝起きの重い頭で何とかシートベルトを外し、助手席のドアに手をかける。


「今日は荷物が多いので、私が部屋まで持って上がりましょう」


そう言って、初めてグンソクが車から降りた。
ヨンファが会社から持ち帰った大量の書籍。
少しずつ業務が多忙になり、自宅で空いた時間に読むようキム課長に勧められたものだ。


ヨンファを気遣ってか、グンソクは重い紙袋の方を持ってくれた。
一緒にエレベーターに乗り、部屋のドアの鍵を開けると、グンソクが中に運び入れてくれた。


「ありがとう。助かったよ。よかったら、コーヒーでも飲んでいくか?」


わざわざ上階まで来てもらったので、すぐ帰らすのは忍びないと思っただけで他意はない。
いつも送り迎えをしてもらっていることもあり、頭で考えるよりも先に言葉が口をついて出ていた。
すると、ヨンファの誘いが余程意外だったのか、グンソクは目を瞠った。


「……貴方は不思議な人ですね。部下に気を使うことなど必要ないのに」
「そういうわけじゃない。ここまで持ってきてもらったから、悪いと思って言っただけだ」
「ありがとうございます。せっかくですが、気持ちだけもらっておきます」


グンソクはヨンファとの関係に一線を引いているのか、徹底して仕事とプライベートをきっちり分けていた。
仕事以外で馴れ合うのが、そんなに嫌なのだろうか。
早くグンソクの性格に慣れればいいのだが、ヨンファは初めて出会うタイプに戸惑っていた。
ヨンファの視線に気付いてか、グンソクはこちらを見て切れ長の目を細めた。


「どうかしましたか?」
「いや……」


ヨンファはわざと素っ気なく答えた。
グンソクは基本的に無口で無表情のため、何を考えているのかよく分からないところがあった。
仕事は完璧にこなすので、非常に助かっているが、やはりヨンファは苦手意識を持っていた。


「それでは、明日また8時に迎えに来ます」


必要なことだけしゃべると、グンソクは帰って行った。
ヨンファは無造作にネクタイを緩め、大きく溜息をついた。
グンソクがもう少しソフトでジョークの言えるような人間なら、もっと信頼関係が築けるのにと、無駄なことを考えてしまう。


疲れて帰った日は何も作る気が起きない。


―――コンビニにでも寄ってもらえば良かったな。


普段着に着替えてから、ヨンファはキッチンの食材庫からカップラーメンを取り出して、お湯を沸かし始めた。
身体に良くないのは分かっているが、最近こんな調子でインスタント食品を摂ることがままある。
実家に帰れば母親の手料理が待っているが、疲れた状態で家族の前に顔を出すことはできなかった。
皆に心配されるに決まっている。それが、正直煩わしかったのだ。





不意にジョンシンの顔が思い浮かんだ。
時刻を見て、LAは今ちょうど午前4時頃だから、まだ寝ているだろう。


元気で暮らしているだろうか……。
ジョンシンのことはずっと気がかりだった。
大学は楽しいのか、友人はできたのか、困ったことはないのか。


家族はジョンシンと電話でやり取りをしていろいろ把握しているのかもしれないが、実家を出たヨンファはすっかり疎遠になっていた。だから、向こうの状況はまったく分からず、ヨンファが勝手に思っているだけだ。
母親に訊けば教えてもらえるだろうが、そうしたところでどうすることもできないのだから、敢えて自分からは何もしなかった。


―――ヨンファ……。


ぶっきらぼうな中に優しさの滲んだ低い声。


「………っ」


突然それが耳に蘇ってきて、背筋がゾクンッとした。
ヨンファは全身から力が抜けていくような感覚に見舞われた。
ジョンシンの方が、自分よりももっと過酷な状況下にいるというのに。


―――俺、何やってんだろうな……。


家族と離れ、異国の地でたった一人、言葉の違う環境でジョンシンは頑張っているのだ。
それに比べると、国内にいて、家族も近くに住んでいる自分はあまりにも恵まれすぎている。
愚痴をこぼす資格などないのに、甘ったれている自分に呆れずにはいられない。


ジョンシナ、お前に会いたいよ……。


顔を合わせることはなくても、ジョンシンのことは常に気にかけていたかった。
ヨンファはどうしようもないほど気持ちを持て余し、唇を噛み締めた。







*********************************************************************







業務専用の携帯電話を自宅に置き忘れたまま出社したことに気付いたのは、ヨンファが自分のデスクでメールチェックしている時だった。咄嗟にどうしようかと迷っていると、キム課長に呼ばれた。


「今日はこれから重要クライアントとの打ち合わせがあるから、貴方も同行してちょうだい。社長のご子息ということで紹介もしておきたいし、いろいろ勉強になると思うわ。もうずっと出ずっぱりになるけどいいかしら?」
「はい、大丈夫です」


クライアントと初顔合わせの際、キム課長から紹介される形でヨンファが名刺交換をして簡単に挨拶をすると、相手の担当者は皆一様に驚いていた。
打ち合わせは主に先方とキム課長が行い、ヨンファは資料を出して補足説明をしたりした。


双方の話を聞きながら、確かに同行させてもらって良かったと思った。
本や書類を読むだけではイメージが掴みにくかったが、こうやって現場を見て生の声を聞くと、より具体的に把握できる。
ところどころメモを取りながら、ヨンファは内容を聞き逃さないようにした。





昼食は出先でキム課長のお勧めの店に入った。
奥まった席に座り、注文を終えると、キム課長からてきぱきした口調で切り出された。


「どう?職場には慣れた?」
「仕事はまだ分からないことばかりですが、やりがいもあるし、この仕事を好きになれそうです」
「好きになれそう…か。面白いことを言うわね」


キム課長が正面からヨンファを見つめて、ふっと微笑んだ。


「貴方の大学時代の成績は見させてもらったわ。勉強は非常に優秀だけど、それと仕事とは別次元だからどうかと様子を見ていたけど、自分の能力を過信していないし、謙虚だし、嫌味なくらい出来すぎね」
「え?」
「素晴らしいってことよ。まだまだ覚えることはたくさんあるけど」
「いいえ…」


その台詞に、ヨンファは慌てて首を振る。


「チョン社長の頭にあるのは、貴方にこの仕事を一から覚えさせて、さまざまな観点から捉えて観察力、洞察力を養うこと。それは、やはり経験がものを言うと思うの。一般の社員なら何年何十年とかけてゆっくり進んでいけばいいけど、貴方の場合は違う。年齢に関係なく、いつ次の社長になるかよ。だから、急ぐ必要があるの。普通の社員の半分の期間…ううん、それ以上のハイペースね。すべての業務を熟知して苦労をして、初めて上に立つ資格があると思っていらっしゃるようよ」


「……そうなんですか?」


初めて聞く話に、驚きを隠せない。
父親がそこまで考えていてくれたなんて、知らなかった。


「今の業務を完璧にマスターできたら、他部署での仕事が待ってるわ。私が教えてあげられるのも限度があるから…。こんなこと、今までに例を見ないと思うけど、貴方ならできそうな気がする。だから、大変だと思うけど頑張って。私も出来る限りのサポートはするつもりよ」


「はい、ありがとうございます」


キム課長の口から語られるということは、それだけ現実味を帯びていて、気持ちが引き締まる。
期待に応えられるだけのスキルを早急に身につけていかなければと、ヨンファは改めて自分に課せられている責務の重要性を認識した。


話が一旦切れたところでちょうど注文した料理が運ばれてきて、キム課長が先に食事を始めたのを確認してから、ヨンファも箸をつけた。





昼食のあと、また午後からも得意先を何件か周り、会社に戻ったのは午後6時を過ぎていた。


「今日は長いこと、お疲れ様。こちらの仕事はもういいから、あとは例の居残りかしら?」
「はい、今日もあると思います。お疲れ様でした」


キム課長に挨拶をしながら、結局、グンソクに一度も連絡を取っていなかったことを思い出して、ヨンファは青ざめた。
確実に怒られる。
急いで秘書室へ行こうとエレベーターを待っていると、開いた瞬間、中にグンソクが乗っていた。


「良かった。心配したんですよ。携帯電話をどうされました?電話もメールをしても返信がないので、直接、キム課長の部下に確認して、ようやく事情が分かって安心しました」


いつも冷静で顔色一つ変えないのに、初めて焦った顔のグンソクを見てヨンファは驚いた。
嫌味の一つでも言われて当然なのに、こんなにも心配してくれているとは思ってもみなかった。


「怒らないのか?」
「わざと電話に出なかったわけではないでしょう?」
「ごめん…。自宅に置いたままにしてて、すぐグンソクに連絡すれば良かったのに、急遽外出することになって忘れてた」
「そうでしたか。何もなくて本当に良かった」


心底安堵している様子のグンソクに、ヨンファは居た堪れなくなった。


「これから会議室で?」
「いいえ。今日はずっと外回りでヨンファさんもお疲れでしょうから、このまま自宅まで送ります」
「ええっ?」
「そんなに意外ですか?」


鬼グンソクが初めてそんなことを言い、ヨンファは呆気にとられた。
そんなヨンファの驚いた顔を見て、グンソクが苦笑いする。


「ヨンファさん、今日、このあと予定はありますか?」
「いや、何もない」
「では、一時間ほどドライブしませんか?」





夜のソウル市内を走りながら、一体どういうつもりなのかと、ヨンファは運転席のグンソクをチラリと見る。
静まり返った空気の中で、ようやくグンソクが口を開いた。


「信頼関係を築いていないと、必ずどこかで歪みが生じてきます。だから、貴方が私に対して不満に思っていることを洗いざらい言って下さい」


突然そんなことを言われても、面と向かってあけすけにズケズケ答えられるものではない。
持って生まれた性格のことを持ち出しても仕方ないし、ヨンファは一応言葉を選んだ。


「……不満があるわけじゃなくて、何て言えばいいのか……こんな仕事、面白くないだろ?」
「こんな仕事とは?」
「補佐役と言っても、結局はただの俺のお守りみたいなものじゃないか」
「私にとっては非常にやりがいのある仕事ですが?」
「え……」


ヨンファの台詞に気分を害することなく、グンソクは話を続けた。


「次期社長の補佐役になどなかなか抜擢されませんから、とても光栄だと思っています。ヨンファさんは現時点でのことを言われているようですが、目先のことだけ考えてはいけません。十年後、二十年後、もっと先のことを見据えていかないと。貴方は若いが、それだけの資質を持っていらっしゃる」


思ってもみないことを言われて、ヨンファは目を見開いてグンソクを見た。


「ただ、初めてチョン社長から、貴方の補佐役を仰せつかった時は正直戸惑いました。貴方が入社する三ヶ月前頃でしょうか。社長命令なので、一応お引き受けしましたが、お仕えする意味のない方なら辞任を申し出ようと思っていました。でも、貴方に会って、その考えはなくなりました」


ヨンファは運転をしながら言葉を紡いでいく端正な男の横顔に、視線を向け続ける。


「頭の悪い人間に仕えるほど苦痛なものはないですから、ドラ息子なら即断ろうと思ったんですが……」


いつも礼儀正しいグンソクの口かららしくない言葉が飛び出し、ヨンファは噴き出してしまった。


「人となりは会って話をすれば大抵は分かります。貴方だから、この仕事を受けようと思いました」
「……ありがとう」
「いいえ。すみません。柄にもないことを言ってしまいました」
「今日は本当にごめん。もう二度と迷惑をかけたりしない」
「貴方は正直で優しい人ですね。将来、社長になる方と思えないないくらい。もっと我儘を言ってもいいのに…」


そう言ってヨンファの方に顔を向けると、何か眩しいものでも見るかのようにグンソクは目を細める。


「あまりにも純粋すぎる。世の中は汚ない人間で溢れかえっています。どこで貴方の足を引っ張ろうとする輩が現れるかもしれないし、貴方を騙そうと近づいてくる人間も出てくるかもしれない。貴方の純真さは大いにプラスになるでしょうが、時には仇となることもある。だから、私が楯となり貴方を全力でお守りします」


しっかりとした力強い口調とともに、初めて目にする、思いのほか優しそうな表情に、ヨンファは驚きつつも戸惑ってしまう。


「グンソク、ありがとう…」
「……いいえ」


その温かい言葉は、疲れ切っていたヨンファの心を解きほぐすのに十分だった。
グンソクも忙しいだろうに、わざわざ時間を割いてここまで胸の内を晒してくれたことに、ヨンファは感謝せずにはいられなかった。


この日を境にヨンファはグンソクに対する見方が180度変わり、今まで遠かった二人の距離はグッと近付いた。
そして、信頼関係が揺るぎないものになったのも、この頃だった。







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ヨンファが入社して一年経った頃にはもうかなりの業務をこなせるようになっていて、キム課長や先輩を頼らなくても自分一人でできるレベルになっていた。
そばで見守っているグンソクは不思議なほど何も言わないようになり、ヨンファが困っている時だけ助言してくれた。





「グンソク」
「はい」
「悪いが、帰りに本屋に寄ってくれるか?」
「例の新刊発売日ですか?」
「よく分かるな」


ヨンファの返答に、グンソクの口角が上がった。
人気ベストセラー作家のシリーズ本を、ヨンファが好んで読んでいることを知っているグンソクにはお見通しのようだ。


ヨンファに向ける表情が随分柔らかくなり、感情が読めるようになってきた。
言葉も態度も素っ気なかった以前とは大違いだ。
出会った頃のグンソクはただの堅物と思っていたが、実際には非常にシャイで、感情を上手く表せない不器用な男なのだと分かった。





「グンソク、うちに寄っていくか?」


シートベルトを外し、ドアに手をかけたヨンファはふと振り返り、無駄だろうと思いつつ、何度目かの誘いの言葉を口にする。
グンソクは決して人に気を許したりしない。
もう一歩踏み出して親しくなりたいと思っても、それだけは変わらなかった。


「一応、けじめはつけておきたいので」
「コーヒーの一杯くらい、どうってことないだろうに」


ぶつぶつ言うヨンファに、グンソクは軽く笑う。


「笑い事じゃないだろ」
「……それだけじゃ済まないかもしれませんよ?」


急にトーンが変わり、どういう意味かと隣を見るが、それっきり口を噤んだグンソクの横顔からは何も窺い知ることはできなかった。










グンソクはヨンファのことを入社以来、ずっと支え続けてくれている。
時には自分でも気付いていないことを指摘され、驚くこともある。


「どうかしましたか?どこか身体の具合でも悪いんですか」
「いや…大丈夫だ」
「忙しいのは分かりますが、あまり無理はしないようにして下さい」
「ああ」
「食事はちゃんと摂られていますか?」
「……食べてるよ。お前は俺の母親かっての」


ヨンファは笑いながら軽口をたたく。
時には母親のようにお節介を焼くこともある。
普通であれば、男のヨンファが言われても嬉しくないようなことでも、グンソクが相手だと不思議と嫌ではなかった。







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ヨンファが父親の会社に入社して4年が経ち、季節は春を迎えようとしていた。


相変わらず活気に満ちているフロアーは、人の声でざわつき、引っ切り無しに電話が鳴り響いている。


「スンヒョン、ここ間違えてる」
「えっ、すみません」
「インボイスの横計が合っていないのと、バイヤーの名前が違っているから、L/Cとよく照らし合わせて確認してくれ」
「分かりました。すぐ訂正します」


ヨンファも今では後輩にいろいろ指導できるほどのレベルになっていて、何かと忙しくしていた。
フォワーダーに通関手続、船積み手続を指示するためのシッピング・インストラクションを作成しながら、かかってきた電話に応対する。


書類が完成してキム課長にサインをもらいに行くと、申し訳なさそうにヨンファを見てくる。


「今日、確か用事があって定時で帰りたいって言ってたわね。悪いんだけど、少しだけ残業できる?」
「あ…はい。できます」
「急遽、イタリアからの輸入品に関しての重要ミーティングをすることになったのよ」
「分かりました。出席します」


席に戻ると、グンソクにスケジュール変更のメールをして、母親にもあとで連絡を入れておくことにした。
昨日、母親から電話があり、今日は仕事帰りに実家へ寄るように言われていたのだ。
どういう事情があるのか聞いていないが、仕事優先のため、遅れて行くくらいはいいだろうと思い、ヨンファは目の前の書類に意識を戻した。










久しぶりに実家に戻り、ヨンファが玄関で靴を脱いでいると、奥の方から何やら賑やかな声が聞こえてきた。
予定より1時半遅れになったが、家族なんていつでも会えるんだからと、やや疲れた顔でリビングに向かった。


ドアを開けると、中には両親とジョンヒョン、ミニョクがリビングのソファーで歓談していた。
ヨンファの姿に気付くと、それぞれ声がかかる。
自分は残業をしていたのに、社長の父親が先に帰宅していることに驚いたが、これが役職の違いなのだと割り切った。


「お帰りなさい。ヨンファ、遅かったわね」
「ごめん。もっと早く帰りたかったんだけど、残業で……」


ヨンファは母親と話をしながら、一人、こちらに背を向けてソファーに座っている存在に気が付いた。


―――誰…だろう……?


皆やけに親しそうに、リラックスした表情をしている。
家族が談笑する相手といえば、思いつくのは一人しかいない。
そう結論に達した途端、一瞬、頭の中が真っ白になって、思考が停止する。


―――まさか……そんな……。


ヨンファはその後ろ姿に目が釘付けになっていると、目の前のソファーに座っていた男が急に立ち上がって振り向いてきた。
その相手の顔を見て、ヨンファは息を呑んだ。


「ジョン…シナ……?」


「ああ、久しぶり」


そこには、6年前とは別人のように変わったジョンシンの姿があった。





To be continued





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haru
Author: haru
CNBLUEのBL小説を書いています。CPはシンヨン&釜山ズ&ミニョヨンです。ヨンファ溺愛主義でとんでも妄想ばかりですが、愛だけはぶっこんでいます。
話のトーンはほのぼの、甘々、コミカル、シリアス、切ない系。ハピエンオンリーです。
基本マイペースでランダム更新。妄想は思いつくまま、気の向くまま。R18の内容が含まれているため、未成年の方、苦手な方は閲覧にはくれぐれもご注意下さい。
尚、当ブログに掲載している作品はすべて私個人のオリジナルですので、模倣、転載等はご遠慮願います。

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