CNBLUEのBL小説ブログです。ヨンファ溺愛主義で、シンヨン&釜山ズ&ミニョヨンの話を書いています。

Forbidden Love 6

2016年03月11日
Forbidden Love(兄弟パロ) 0






持ち主のいなくなった部屋はガランとしていて、その中にヨンファは一人佇んでいた。


勉強机、本棚、大きめのベッドなど、置かれているものはまったく同じで、中の物も以前と変わらず収納されているのに、使う人間がいないというだけで、何とも無機質な部屋に様変わりしていた。


今更ながらに、ジョンシンがヨンファの手の届かないところへ行ってしまったのだと改めて認識して、胸を突き上げるような寂しさが一気に込み上げてくる。


ジョンシンがアメリカに発って、すでに三日経つ。
肌を這うような感触や引き攣るような違和感は消え去り、甘美な痛みに包まれた一夜は、とっくに過去のことになっていた。
頭では理解して、感情でも割り切っているつもりなのに、あとからあとから溢れてくる狂おしいほどの切なさと、例えようのない遣るせなさに、涙が零れ落ちそうになる。


ヨンファはその場に蹲り、しばらく動けなくなった。
ジョンシンがいないという事実が、これほどまでに自分自身にダメージを与えるとは思ってもみなかった。
長い間一緒に暮らしてきて、当たり前のように感じていた気配が一切なくなり、初めて味わう喪失感。


ヨンファの邪心に気付かれ、ジョンシンに距離を置かれてしまったが、それも時間の問題だったかもしれない。
ずっと隠し通すことは難しく、いつか明るみになる可能性も危惧していた。


数回の身体の交わりと引き換えに、ヨンファはあまりにも多くのものを失ってしまった。
でも、こうするより他に方法はなかった。


どんな理由であれ、想いを寄せている相手に求められて、拒めるはずがない。
その結果、自らジョンシンを遠ざけることになってしまったが、後悔はしていない。
弟にどんどん惹かれていく自分に、天罰が下ってしまっただけだ。


―――上手くいかないことは分かっていたのにな……。


ヨンファは自嘲気味に笑う。
どういう道を選んでも、初めから結末は決まっていたのだ。


ゆっくりと脚を伸ばして、ヨンファはフローリングの床に座り込む。
周りを見回すと、様々なことが思い出される。





この家は、ヨンファが10歳の時、両親が新築で建てたものだ。
息子四人に一人一部屋ずつ与えられることになり、子供ながらに大喜びして、どの部屋にするかはしゃいだものだった。
確かジョンヒョンとミニョクが散々迷っていた隙に、仲の良かったヨンファとジョンシンは示し合わせて隣同士の部屋に決めてしまったのだ。
部屋の大きさはほぼ同じ。自室を持ったと言っても、いつもどちらかの部屋に入り浸っていた。


当時、ヨンファは中学受験を見据えてすでに通塾しており、ジョンシンによく勉強を教えてやった。
学校の成績は申し分ないほど良かったので、塾のテキストから簡単な問題を出してやらせていた。
ジョンシンは素直で真面目で、ヨンファの言うことをよく聞く上に、飲み込みが早くて何でもすぐに習得したから、ヨンファとしても教え甲斐があった。


勉強が終わったあとは一緒にゲームをして、時には夢中になりすぎて、寝る直前まで興じたこともある。
定時になると母親が寝ているかどうかを見に来るため、その時だけ寝たふりをして、母親がいなくなると、またすぐ続きをした。
それは二人だけの秘密で、ジョンヒョンとミニョクにも内緒だった。


ゲームをしながらそのまま眠くなり、自分の部屋に帰るのが億劫で、一緒のベッドで寝たことも数えきれない。
ジョンシンは体温が高くて、冬の寒い時期などは、そばにいるこちらまでぬくぬくとして気持ちが良いほどだった。
思えば、あの頃からヨンファの気持ちは、少しずつジョンシンに傾き始めていたのかもしれない。


二人ともまだ子供で無邪気な分、純粋に楽しいだけだった。
次々と浮かんでくる過去の場面に、胸が締めつけられる思いがして、ヨンファはきつく瞼を閉じる。
あのまま横道に逸れず、真っ直ぐに続いていれば良かった。
そうすれば、今も仲の良い兄弟のままでいられたはずなのに―――。


それを台無しにしたのは、すべて自分のせいだ。
ジョンシンに抱いてはいけない感情を持たなければ、こんなことにはならなかった。
自分で最悪の結果を招いてしまったことに、どうしようもないほど自責の念に駆られる。


そして、ある日を境に、目を覆いたくなるような、耳を塞ぎたくなるようなことも出てきた。
ジョンシンの身体から見知らぬ誰かとの情事の気配を感じたり、ここに彼女を連れ込んでセックスしていた時に居合わせてしまったこともある。
嫌なことまで思い出してしまい、ヨンファは思わずベッドから目を逸らせた。


これで良かったのだと、ヨンファはもう数えきれないほど何度も自分に言い聞かせている言葉を、しつこいほどに反芻する。
それがまったく意味のないことでも、そうしなければ心が折れそうで、この先、一歩も前に進めなくなる気がするのだ。
過去は過去。どうやったって、昔に戻れるわけではないのだから。


最初から自分たちは、こういう運命になることが決まっていたに違いない。
血が繋がっているにもかかわらず禁忌を犯したのだから、当然の報いなのだ。





ヨンファの右手首には、まだうっすらと痣が残っている。
これも、もうじき跡形もなく、消えてしまうだろう。
ジョンシンとの唯一の証しに、ヨンファはそっと唇を寄せた。


すると、不思議とジョンシンとキスを交わしているような気持ちになった。







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「お父さんから電話があって、ジョンシンがC大に合格したそうよ!」


3月中旬。
ヨンファが帰宅して玄関で靴を脱いでいると、母親が興奮気味にしゃべりながらリビングから出てくる。


自分の弟ながら、とんでもないことを成し遂げたことに、ヨンファは咄嗟に言葉が出なかった。
胸の奥が深く穿たれたような気がしたが、同時に気持ちの底で安堵した。


努力して、結果を出したジョンシンに労いの言葉をかけてやりたいと、夜遅くに国際電話をかけることにした。
時差の関係でなかなか難しいのだが、こちらが寝る前の時間帯だと、現地はかなり早朝の時間になる。
それを承知で、ジョンヒョンが電話をかける。


「あれ……なかなか出ないな。まだ寝てんのかな」


何コールか鳴らしても出ないところをみると、やはり寝ているのだろう。
かけ直した方がいいのではとヨンファが思っていると、突然、ジョンヒョンが話し始めた。


「あ、もしもし、俺。ジョンヒョンだけど。今起きたのか?まあ…そう言うなよ。しょうがないだろ。こっちだってかなり遅い時間なんだから」


ジョンヒョンの話しぶりから、ジョンシンは電話の音で目が覚めたようだ。どうやら文句を言われているらしい。
こちらが夜の11時過ぎということは、LAでは同じ日の早朝6時過ぎ。寝ていても無理はない。


「それより、C大に合格したんだってな。おめでとう。お前、すごすぎるよ」


あまり長くなってもいけないと、ジョンヒョンが言いたいことだけ伝えると、次に母親とミニョクがそれぞれ話をする。
それをヨンファは、リビングのソファーに座って眺めていた。


「最後、ヨンファヒョンの番だよ」


ミニョクが電話を代わろうとしたが、ヨンファは首を横に振って、やんわりと断った。


「キリがないから俺はいいよ。ジョンシナ、寝起きなんだろ?代わりにおめでとうって伝えといてくれ」


正直、まだジョンシンとまともに話ができる状態ではなかった。
声を聞いて、平静でいられる自信がない。もしかすると、家族の前で無様な醜態を晒してしまう可能性もあった。


ヨンファの頼んだとおり、ミニョクがジョンシンに伝言を伝えてくれている。
楽しそうに自然に会話をしているジョンヒョンやミニョクを見ていると、羨ましくてたまらなかった。
本音を言うと、顔が見れない分、せめてジョンシンの声だけでも聞きたい。
それすら叶わないことに、ヨンファの胸が絞られたように痛んで仕方がなかった。







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3月下旬の日曜日。
気温はまだ低いものの、気持ちいいほど晴れ上がった空の下、ヨンファはソヒョンの合格祝いも兼ねてランチに誘った。
事前にホンギに訊いて、女の子に人気のあるお洒落なイタリアンの店を教えてもらった。
ここの要予約のランチが人気ということで、ヨンファはあらかじめ店に連絡をしておいた。


入学式が終わり、晴れてS大生となったソヒョンに会うのは久しぶりだった。
店のそばで待ち合わせをしていると、ロングヘアーの柔らかそうな髪の毛をなびかせたソヒョンが、とてもリラックスした表情を浮かべて歩いてくる。


二言三言挨拶を交わして店内に入ると、感じの良さそうな店員がすぐさま席に案内してくれた。
隣の席にバッグを置いたソヒョンが、まじまじとヨンファの顔を見つめてくる。


「ヨンファさん、体調が悪いんですか?」
「ん?どうして?」
「顔色が悪いし、ちょっと痩せましたよね」
「あ…うん。課題に追われていたからかな。もう大丈夫だよ」


心配そうな顔をするソヒョンに、ヨンファは咄嗟に嘘をついて、曖昧に笑ってみせる。
情けないことに、最近食が落ちて、夜もあまり眠れていなかった


「それならいいんですけど、課題ってそんなにたくさん出るんですか?」
「そうだね…。日々、結構な量が出るし、定期試験もあるからね」
「ヨンファさんでも大変なら、私なんかどうしよう……。ついていけるかな…」


真顔で心配されて、入学早々、ソヒョンの不安を煽ってしまったことにヨンファは慌てる。


「あっ…いや、大丈夫だよ。何とかなるから。それより、入学おめでとう。本当に良かったね」
「ありがとうございます。未だに実感が湧かないんですよ。ヨンファさんにはいろいろ相談に乗ってもらって、本当に助かりました」


その口許にはにかんだような笑みが浮かび、ヨンファはホッと胸を撫で下ろす。
次々と運ばれてくる料理を目の前に、話が弾んでいく。


「ところで、ジョンシンは元気にしてますか?」


前触れもなく、思ってもみないことを訊かれて、ヨンファはドキリとした。
名前を聞くだけで動揺する自分は、末期症状に違いない。
実際に本人と話はしていないが、ジョンヒョンとミニョクは元気そうだと言っていたから、そのまま自分の言葉にして伝える。


「ああ。元気にしてるよ。C大に受かったんだ」
「本当ですか?わぁ、おめでとうございます!やっぱり私の思ったとおり。ジョンシンなら絶対に合格すると思ってました。これで、ヨンファさんも向こうに遊びに行けますね」
「……そうだね」


本当は会いに行く気なんてさらさらないが、ソヒョンに心配をかけないために、話を合わせておいた。


「ジョンシンはヨンファさんにすごく気を許してますよね」
「体のいい便利屋だと思われているんだよ」
「そんなことないですよ。兄弟の中で一番遠慮がないから、つい甘えてしまうってジョンシンが言ってました」


ジョンシナがそんなことを……?


「アイツといろんな話をしてたんだね…」


遠慮がない…か。
ヨンファは何とか平静を装い、ソヒョンには微笑んで気付かれないようにした。


ジョンシンが渡米して二ヶ月近くが経つ。
かつてソヒョンと付き合うことを勧めるような発言をされたことがあった。


確かにソヒョンのことは可愛いと思っている。でも、ヨンファにとってはどうしても妹のような存在以上には思えなかった。
大事だからこそ、下手に付き合って、今のこの関係を壊すことだけは避けたい。
そう思い、ソヒョンから向けられる好意に敢えて気付かない振りをして、ヨンファはやり過ごそうとしていたのだ。


そんなヨンファの周囲で、本人の意思に反してお節介な動きがあったことに、この時はまったく気付いていなかった。










「は?なに勝手なことしてんだよっ」


語学堂のコーヒーショップで、ホンギから聞いた言葉に、ヨンファは怒りを露わにした。


「お前さぁ、ソヒョンちゃんと付き合う気ないんだろ?」
「……そう…だけど」


いきなり直球を投げられて、言葉に詰まる。


「それなら、他の女の子と会うだけ会ってみればいいじゃねぇか」
「そんなこと突然言われても……」


自分の知らないところで、会ったこともない女性と勝手にデートをセッティングされていたことにヨンファは憤りを感じたが、よくよく話を聞くとどうやら自分のためらしく、あまり強く言えなくなった。


「まあ、断ってもいいんだから、気軽な気持ちで一回だけ会ってみろよ。最近のヨンファ、見てられねーつーか……とにかく元気になれよ」
「ホンギ……」


ホンギはあまり多くを語らなかったが、どうやらヨンファを心配してくれているらしい。
数日前、ソヒョンに言われたことを思い出した。


―――そんなにひどい顔をしているのだろうか。


自覚はまったくなかったが、二人に言われるくらいだから、悲惨な状態に見えるのだろう。










ホンギの顔を立てるために、あらかじめ指定されていた場所にヨンファは時間ピッタリに着くよう向かった。
休日の昼だから、まだ良かったかもしれない。
適当に話をして、一時間くらいで帰ろうと思っていた。


その店は駅からさほど離れていないところにあるファッションビルの2階にあり、絶対に男同士では入らないと断言できる、可愛らしい外観の店だった。
よくこんな小洒落た店を知っているなと、ホンギにはほとほと感心する。


中に入って名前を告げると、奥の席に案内された。
相手の女の子はすでに座っていて、ヨンファに気付くと会釈をしてきた。
見知った顔だった。確か同じ学部の同級生で、綺麗だと騒がれている子に間違いない。


ヨンファの顔を見ると恥ずかしそうにするので、仕方なく愛想笑いを浮かべて挨拶した。
話をしてみると、派手な外見に似合わず、本人はわりとおっとりした子のようだ。
思ったよりも会話が弾んだので、食事のあとに成り行きで映画も観に行った。


女の子には悪いと思うが、ジョンシンがいない寂しさを埋めたかったからなのか、それとも半分やけを起こしていたのかもしれない。
デートの帰り際、言われるままにヨンファはこの子と付き合ってみることにした。


後日、しつこくデートのことを聞いてきたホンギとジョンフンにこのことを報告すると、二人とも喜んでくれたが、ヨンファは別段これと言って何も感じなかった。
過去を振り返っても、ヨンファの恋愛は長続きしないのが常だった。
だから、今回もそうなる可能性は大いにあった。





ヨンファに彼女ができたことはソヒョンにもすぐ知られた。どうやらホンギがしゃべったらしい。
ソヒョンとはこれを境に、プツリと連絡が途絶えた。


しかし結局、その子とは数ヶ月で別れ、今度はジョンフンに女性を紹介されて付き合ってみたが、これも同じ結果だった。
一緒に遊びに出かけて、向かい合って食事をしても、心から満たされることはない。
気軽に交際を始めても、やはり気持ちが伴っていなければ、長続きするはずがなかった。










土曜日の午後。
教授室へ課題を提出した帰り、学生会館内の書店でヨンファが本を物色していると、偶然ソヒョンに会った。
今までも構内で何度かすれ違ったが、ソヒョンはヨンファの隣の彼女に遠慮してか必要以上に近寄って来ず、挨拶程度しかしていなかった。


二人肩を並べて、人気のないキャンパス内を歩く。
何とも言えない気まずい静寂感に包まれた。





「……今日は彼女さんと一緒じゃないんですか?」


初めて耳にするソヒョンの堅い声に、ヨンファはそっと息を吐く。


「別れたんだ」


ヨンファの返答に、ソヒョンの口から言葉が迸り始めた。


「どうして好きでもない女性と付き合ったんですか?」
「……付き合っているうちに、好きになる可能性だってあるからだよ」
「じゃあ、なんでいつもそんなに辛そうな顔をしているんですか?私には無理をしているようにしか見えません。そんなの……ヨンファさんらしくないですっ」


ソヒョンに痛烈な一言を浴びせられ、ヨンファの足が止まる。
まったくの図星だった。言いようのない寂寥感をどうにかしたくて、柄にもないことをしてしまった。
その挙句、相手の女の子を傷付けてしまい、申し訳ないことをしたと思っている。


「俺らしいって何…?」
「ヨンファさんは軽い気持ちで女性と付き合うような人じゃないはずです」
「そんなことないよ…。俺だって…」
「何故そんなに自分を貶めるようなことを言うんですか?」
「……君に俺の何が分かってるって言うんだよっ」


初めて見るヨンファの姿に、ソヒョンは驚くことなく黙ったままだった。


「……ごめん」


ハッと冷静になり、ヨンファは女の子に対して声を荒げてしまったことをすぐさま謝罪した。


「だって、ヨンファさん、彼女さんと一緒に歩いていてもまったく幸せそうじゃなかった…」
「え……」
「ヨンファさんはすっかり変わったわ。今のヨンファさんは嫌いです。私の知っている人とは別人だもの!」


―――俺は一体なにをしているんだろうな……。
皆を心配させた上に迷惑までかけて……。これが俺の姿か……?


本当に欲している相手が手に入らないからといって、別の人間で寂しさを埋めようとしたことがすでに間違っていた。
弱い自分が露呈してしまい、それを誰かに分かってほしかったのかもしれない。


実際に近付いてくる女性はほとんどヨンファの外見しか目に入っていないのか、実際に付き合ってみても周りに見せびらかしたいなど打算的な心が見え見えで、ちっとも嬉しくもなんともなかったし、もううんざりだった。


でも、ソヒョンは違う。そんなヨンファのことを理解してくれている。
この時、藁にもすがる思いだったのかもしれない。ヨンファは最低なことを口にしようとした。


「ソヒョン……良かったら俺と……」
「嫌です。付き合いません」


ソヒョンにはヨンファの言おうとしていることが分かったのか、先回りしてはっきりと拒絶されて、ヨンファは呆然とした。


「な…ぜ……?」
「ヨンファさん、優しいから、私の気持ちに気付いてそう言ってくれたんでしょ?妹のようにしか見られていないことは前々から分かってました」
「………っ」


絶句して見返したヨンファに笑ってみせて、ソヒョンは続ける。


「私はヨンファさんの彼女さんだった人みたいに、別れたあと気まずくなって、会えなくなるのだけは嫌なんです。ヨンファさんの人間性に魅かれたので、これから先も妹のような存在でいいから、仲良くさせてもらえたら……」


女の子のソヒョンにそこまで言わせてしまったことを、ヨンファは心の底から申し訳ないと思った。
素直で純粋で真っ直ぐで、もし自分がジョンシンのことを好きでいなければ、間違いなくソヒョンに恋をしていただろう。


「なんで……俺なんかにそこまで……」
「なんかって言うのはやめて下さい。私は自然体のヨンファさんが好きなんです」
「!」





『ヨンファのそういうところ、いいよな。いつも自然体で、何があっても本質は変わらない』


『これから先もずっと、ヨンファは変わらないでいてくれ。何があっても…』


突然、ジョンシンに言われた台詞が頭の中で蘇った。


未だに忘れることができないでいる。
あの日から、ヨンファはずっとジョンシン心を奪われたままだった。


「ヨンファさん……?」


急に纏う空気が変わり、微動だにしないヨンファをソヒョンが気遣う。


「……そうだね。俺は君に最低なことを……」
「いえ、気持ちはすごく嬉しいです」
「ありがとう。ソヒョンは強いね。君には本当に感謝してるよ。お詫びとお礼をさせてもらってもいい?」


足を止めて、ソヒョンは大きな瞳を瞬かせた。


「何か飲む?カフェテリアへ入ろうか?」
「はいっ」


ヨンファが誘うと、ソヒョンは二つ返事で笑ってみせた。







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あれから、ソヒョンとはまた兄妹のような関係になり、時々連絡を取りながら会うようになった。


ソヒョンに指摘してもらったお陰で、ヨンファは本来の自分を取り戻せたような気がする。
無理をしても、良いことにはならないということが分かり、自然に任せて自分らしくないことはやめた。





年が変わり、ヨンファの周辺は徐々に慌ただしくなり始めた。


四年生になると、友人たち皆が就職活動する中、ヨンファはすでに父親の会社に入ることが決まっているので、課題に取り組みながら試験勉強をしたり、空いた時間で早いうちから卒業論文の制作にも取りかかり始めた。


また、父親の書斎にある貿易関連の本の中から、ヨンファでも理解できそうな基本的なことが書かれたものを選び、定期的に繰り返し読んで、頭に入れておくようにした。










10月に入り、父親が約二年半ぶりにアメリカのLAから帰国した。
結局、当初の予定よりも大幅に長い滞在となったが、それは何か問題があったからではなく、むしろ会社にとってはプラスに働いたようだった。


電話では何度か話をしたが、久しぶりに会う父親は50代になったばかりで、黒髪に少し白いものが混じっていた。
丸い顔立ちに優しい目元が特徴的で、相変わらず穏やかな顔をしている。


元気そうな父親の姿を前にして、まず母親から二人で抱擁し、続いて息子たちも順番にひしと抱き合い、再会を喜び合った。
ジョンシンを除く家族全員が集まり、夕食もいつもより賑やかになった。


LAでの生活や新会社のことなどについて話が終始し、ジョンシンは父親が借りているコンドミニアムで一人暮らしをしているらしい。
あれから一度も帰国しないし、ヨンファも電話で話すらしていなかったが、父親から元気にしていると聞いて安堵した。
それだけ分かれば十分だった。





夕食後、ヨンファは父親の書斎に呼ばれた。
ドアをノックして入ると、父親は机について何か書きものをしていた。
手を止めずに勧められるまま、ヨンファは近くのソファーに座る。


数分で作業は終わったようで、父親が書類を片付け始めた。
こうして二人きりで向き合うのは何年振りだろう。


「卒業したあとのことだが、もう一度再確認しておく。予定どおりうちの会社に入るということでいいんだな?」
「そのつもりでいるよ」
「分かった。初めに言っておくが、いくら身内といえど、特別扱いはしないから、それは肝に銘じておくように。いずれはヨンファに社長の座を譲りたいと思っているが、お前がもしその器でないと判断した時は弟の誰かに譲るつもりだから、そのつもりでいなさい」


いつになく真剣な顔で語りかけてくる父親に、ヨンファは頷きながら返事をする。
厳しい口調ではあるが、父親の言いたいことはよく理解できた。


「世間を見ると、せっかく一代で築いたものを次の世代で潰すのはよくあることだ。しかし、うちには大勢の社員がいる。彼らを路頭に迷わすわけにはいかない。私はお前ならいい跡取りなると期待しているよ。ちゃんと自覚をして、自分の立場をわきまえて恥ずかしくない行動を取るようにしなさい」


ヨンファに対する愛情が滲み出ている言葉とともに、優しく笑いかけられて、ヨンファは心が温まるのを感じた。
父親は立ち上がってそばまでやってくると、ヨンファの隣に座った。


「逆に、ヨンファからは何かあるか?」
「一人暮らしをしたいと思っているんだ」
「以前からそう言っていたな。一人になって身の周りのことはちゃんとできるのか?」
「母さんが留守にしている間、家事もやっていたから、困ることはないよ」
「お前ももう22歳か。多少のことには目を瞑るが、度の過ぎた行動は慎みなさい。それができるのであれば許可しよう」


父親はヨンファの肩をポンと叩いた。


「私が所有する不動産の中から、気に入った物件を選ぶといい。時間がある時に、お母さんとよく話をするように」
「はい。ありがとう、父さん」
「でもまあ……お母さんが寂しがるから、たまには帰ってきなさい」
「うん、そうするよ」


思わぬ言葉にヨンファは目を見開き、小さく笑って答えた。










一人暮らしをするのにどの物件がいいか、ヨンファは不動産関係の書類を見ながら母親と二人で話し合った。
その中にある、地下鉄の最寄駅まで徒歩10分という好条件のマンションが目に留まった。
間取りは4LDKと、一人で住むには広すぎるが、セキュリティー面もしっかりしているし、近くにスーパーマーケットやコンビニ、銀行等もあることから利便性も良く、この物件が一番最適だと判断した。


「ジョンシンの次に貴方までいなくなるなんて寂しいわ」
「ジョンヒョナとミニョがいるじゃない」
「そうだけど……もともと四人いた息子が二人になるんだもの……」


書類を片付けながらいつもの笑顔が曇りがちな母親を見て、ヨンファも多少は心が痛む。


「気が向いた時はいつでも帰ってきなさい。夕食だけ食べに来てもいいんだから」
「母さん、ありがとう。自炊するのが億劫な時は、甘えさせてもらうよ」


ヨンファが安心させるように笑うと、母親もようやくフッと表情を和らげて頷いた。







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12月初旬の引っ越し当日。


ヨンファが今まで使用していたベッドやデスクはかなり年式が古くなっていたため、すべて両親が新調してくれた。
新たにダイニングテーブルやソファーなどの必要な家具もすべて揃えて新居に運び込まれ、母親のセンスで、シックなインテリアで統一された部屋になっていて、ヨンファは目を丸くした。


他にも家電製品や台所用品、雑貨など、必要不可欠なものも、すでに母親が手配してくれていたので、ヨンファが持って行く荷物はほんの僅かだった。





そして、その翌日。
新たに社会人になるため、まず身なりを整えなさいと言われ、ヨンファは母親に引っ張られて、両親御用達の老舗のオーダーメイドの店に連れて行かれた。


まず採寸から始まり、店員にメジャーで身体中のあらゆるパートを事細かに測られたあと、多くの見本の中から生地を選んだり、デザインをどうするかを決めた。
ヨンファが迷っていると、必要なものだからと母親に勧められて、スタンダードなブリティッシュスタイル、革新的なイタリアンスタイル、ミックスカルチャーなアメリカンスタイルの三種類から、それぞれ二着ずつ生地、スタイル、ディテールを変えて作ってもらうことにした。


その他、コート、ベスト、カッターシャツや、ネクタイ、ベルト、靴下の小物に至るまで全部一式揃えた。
また、靴屋が出張してくれて、何足もある本革のビジネスシューズの中から、スーツの生地に合わせて何足か選ぶ。
母親は自分の服を選ぶわけでもないのに、妙に嬉しそうだった。


「さすがにヨンファは顔立ちもスタイルも良いから、何を着ても似合うわね。我が息子ながら惚れ惚れするわ」


試着するヨンファを見て、母親が店員と話している内容が聞こえる。
180センチ弱の身長に、癖のない黒髪がよく映える色白の肌。大きな瞳にスッと通った鼻筋と赤みを帯びた唇。
面立ちが繊細で、スーツを着ても華奢な体躯が見て取れる。


しかし、当のヨンファは数時間が経過した時点でもう疲れ果てて、いい加減解放してほしい心境だった。
母親にそれとなく目配せをするが、店員と盛り上がっているため、まったく気付いてもらえず、小さな溜息をついた。







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年が明けて2月、ヨンファはS大学を卒業した。
そして、休む間もなく、父親が社長を務める「BLUE貿易株式会社」に初出勤する日の朝を迎えた。


ピピピピピ………。
目覚まし時計が鳴り響き、ヨンファはベッドの中から手を伸ばしてスイッチを切る。
この時期、朝方は特に気温が低くて、いつもなら布団から出辛くてついうだうだしてしまうが、この日は違っていた。
ヨンファはゆっくりと身体を起こし、緩慢に前髪を掻き上げた。


ベッドから出るとキッチンへ行き、コーヒーメーカーをセットするとともに食パンをトースターに放り込んで、新聞をアルコープまで取りに行く。
父親からのアドバイスで、新聞は全国紙と経済紙の二紙を取り始めた。
淹れたてのコーヒーを飲みながら、ヨンファは新聞の主な記事に目を通す。


朝食が済むと後片付けをし、洗面と歯磨きを済ませ、鏡を見ながらブラシで髪を整える。
在学中は髪の毛を長めにしていたが、社会人ということで、少し短く切った。


クローゼットを開けて、今日身に着けるものを選んで、真新しいカッターシャツに腕を通す。
慣れないネクタイを締め、上着に袖を通し、鏡の前で全身をチェックする。
ブリティッシュスタイルのスーツは、細身のヨンファによく似合っていた。
そして、コートを羽織り、シューズクロークから綺麗に磨かれた本革の黒い靴を履く。


今日は自分にとって新たな人生のスタートを切る出発点なのだと、身が引き締まる思いがした。
学生から社会人へと立場が変わり、自分を取り巻く環境や人間関係も一新され、また一から築いていかなければならない。


他の新卒社員がいつ入社するのか分からないが、ヨンファに入社式や研修が一切課せられないのは、一般社員と扱いが大きく異なることを意味している。


アルバイトをまったくしなかったヨンファにとって働くことも初めてで、つい肩に力が入りそうになるが、あまり気負いすぎずに、いつもの自分でいこうと心を落ち着かせた。


エントランスを抜けてマンションの外へ出ると、冷たい風が肌を刺す。
朝特有の澄んだ空気が、ヨンファには何だかとても心地良かった。










地下鉄を乗り継いで、駅から徒歩10分弱。
ヨンファは目の前に立つ高いビルを見上げる。
子供の時から数えるほどだが、母親と一緒に何度か足を運んだことはあった。


いずれこの会社を自分が引き継ぐ日が来るのだと、今更ながらに緊張する。
腕時計を見ると、時刻は8時50分。
事前に父親から、9時に、ある部署を訪ねるように言われていた。


ヨンファは一つ大きく深呼吸すると、颯爽とコートを翻してビルの中に足を踏み入れた。
受付で名乗ると、エレベーターホールへ案内された。
一人でエレベーターに乗り込み、コートを脱いでネクタイが曲がっていないかをよく確認して、父親から指示されていたフロアーへと向かう。
エレベーターを下りると、ワンフロアーを全部見渡せる作りになっていた。


ヨンファが中に進んでいくと、何人かの社員が気付いてくれたので、名前を名乗って挨拶をした。


「おはようございます。チョン・ヨンファです」


一瞬のうちに、ざわつくフロアー中の視線がヨンファに集まった。
すると、奥の席から一人の女性が立ち上がり、こちらに近付いてきた。


「おはようございます。事業管理課課長のキム・ヨンソンです。チョン社長から話は伺っています。お待ちしていました」


見たところ30代くらいの女性が課長職ということに驚いたが、ヨンファは頭を下げて、再び挨拶をした。


「さてと、チョン社長からくれぐれも甘やかさないようにという指示を受けています。そういうわけで、早速だけど、敬語は省いてもいいかしら?」
「はい」
「社長の息子だからって手加減しないわよ。ビシビシ鍛えるから覚悟しておいて」
「よろしくお願いします」
「じゃあ、まず今から全部署を回って、役職者に貴方を紹介するからついてきて」
「はい」


知性が滲み出ている言動から、役職者に年齢と性別は関係ないのだとヨンファは悟った。
今まで出会ったことのないタイプの女性だが、少し話をしただけで、非常に無駄がなく頭の良さが窺えて、溢れそうなほどのカリスマ性に圧倒されそうになる。
しかも、目力がすごくて、これは気を締めてかからないといけないなと、ヨンファは自分に言い聞かせた。


ヨンファはキム課長に連れられて、社内の全部署の課長職以上に挨拶回りをした。
中には、ヨンファと面識のある父親の古くからの友人や見知った人も何人かいて、少し緊張が和らいだ。


出張等で不在のところを除いて挨拶回りが終わると、また元のフロアーに戻ってきて、キム課長のデスクのそばの席を示された。
パソコンと電話が置いてあり、書籍や書類が山積みされている。


「ここが貴方の席よ。貿易に関する本や資料があるから目を通して、まずは専門用語をしっかり頭に入れて覚えること。これを一週間でマスターして。それから、輸出入業務の基礎知識についてもよく読んでおくようにね」
「分かりました」
「懇切丁寧に教える時間はないから、実践しながら覚えていきなさい」
「はい」


周りを見渡すと、数十人の社員が各々のデスクでパソコンを操作したり、電話でやり取りをしていたり様々であるが、聞き慣れない専門用語が飛び交い、活気に満ち溢れていた。
よく聞いてみると、英語や中国語も入り乱れている。


貿易会社の仕事は大まかに言えば、商品の輸出、輸入に関する手続、受発注、通関手続、倉庫手配などが主な業務で、海外の企業と取引を行うため、英語をはじめとする語学力も求められる。
その前提として、輸出入に関連する専門知識が当然必要であり、ヨンファは入社早々、目眩がしそうになった。


その時、キム課長の席の電話が鳴った。


「はい、キムです。………承知しました。すぐ伝えます」


キム課長が受話機を置くと、ヨンファに視線を送ってきた。


「秘書室からだけど、貴方に社長室まで来てほしいとのことよ」
「はい。では、行ってきます」


ヨンファは立ち上がってエレベーターに乗り、最上階の10階にある社長室へ向かった。
エレベーター内は自分一人で誰もいないため、ヨンファは深呼吸をして、肩の力を抜いた。


今から父親に会うと言っても、会社では社長と部下という立場にしかすぎず、今までのような親子関係とは違う。
家から一歩外へ出れば、絶対に公私混同しないようにしなくては、全社員に示しがつかない。
これは子供の頃から、常に両親から口を酸っぱくして言われてきたことの一つでもある。


エレベーターを下りると、少し奥まったところに秘書室のブースがあり、女性の秘書が二人座っていた。
このフロアーだけは、先程、キム課長と一緒に挨拶回りに来ていなかった。


「おはようございます」


ヨンファに気が付くと、すぐさま秘書に挨拶をされた。
同様に、ヨンファが名乗って挨拶をしていると、奥の部屋から上司らしき男性が出てきて、社長室に案内される。


ドアをノックして開けると、広々とした部屋が目に飛び込んできた。
一番奥にある大きなデスクから父親が立ち上がる。


「まあ、座りなさい」


父親に勧められるままヨンファは豪華な応接セットの皮張りのソファーに、向かい合わせに腰をかけた。
家にいる時とはまったく雰囲気の違う父親に、ヨンファは意識的に背筋を伸ばす。


「今日から初出勤だが、どうかね」
「いろいろ覚えることが多いですが、やりがいは感じています」
「そうか。頼もしい言葉だな」


会社では、父親に対して敬語を使うことを徹底するように言われていた。


「仕事のことは直属の上司のキム課長に任せてあるから、しっかり扱かれるといい。彼女は若いが頭が良くて切れ者だから、女性と思って安心しすぎないように。場合によっては、男の上司よりも手厳しいかもしれん」
「はい」
「それと、もう一人別に、お前をサポートしてもらおうと考えている。自宅から会社までの送迎をはじめとして、スケジュール管理や
次期社長としての資質を身につけるための全般的なスキルを指導してもらおうと思っているんだが……」


「失礼致します」


その時、ノックの音とともに、一人の若い男性が社長室に入ってきた。


「ああ、ちょうど良かった。彼を紹介しよう。今まで秘書室の若手ホープとして仕えてきてくれたんだが、今日から次期社長のお前の補佐役を務めてもらうことになった」


こちらに近付いてくるその男性を、ヨンファは真正面から見つめた。
漆黒の髪を後ろに撫でつけ、太い眉毛にやや切れ長の黒い瞳、秀でた額が知性を感じさせる。
身長はヨンファよりも若干高く、年齢も少し上だろうか。


物事を見据えるような眼差しをしていて、何とも形容しがたい整った顔立ちをしている。
温かみはあまり感じられず、冷徹な印象を受けたが、その瞳の輝きは誰かを彷彿とさせた。


「ヨンファより二年先輩だが、非常に有能で、将来的にお前の右腕となって支えてくれる存在になると確信している」


「はじめまして。チャン・グンソクです」


理知的な黒い瞳が、ヨンファを射貫くように真っ直ぐに向けられていた。





To be continued





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haru
Author: haru
CNBLUEのBL小説を書いています。CPはシンヨン&釜山ズ&ミニョヨンです。ヨンファ溺愛主義でとんでも妄想ばかりですが、愛だけはぶっこんでいます。
話のトーンはほのぼの、甘々、コミカル、シリアス、切ない系。ハピエンオンリーです。
基本マイペースでランダム更新。妄想は思いつくまま、気の向くまま。R18の内容が含まれているため、未成年の方、苦手な方は閲覧にはくれぐれもご注意下さい。
尚、当ブログに掲載している作品はすべて私個人のオリジナルですので、模倣、転載等はご遠慮願います。

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