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蒼き運命 -アオキサダメ- 82

haru







腰から下が妙に重怠くて、力が入らない――。
そう自覚していたのに、ベッドから立ち上がろうとした途端、案の定、膝ががくんと崩れてフローリングの上にへなへなと座り込む。
動けないヨンファに驚いて、すかさず駆け寄ってきたジョンヒョンに抱き上げられてバスルームに連れていかれたのは二十分ほど前だった。


ふらつかないように力強い腕にしっかりと支えられたまま、泡立てたスポンジで全身を素早く擦り、金色に染められた髪の毛をシャンプーで綺麗に洗い流す。
思うように身動きが取れない中、体内に出された残滓の処理も、羞恥をこらえながら唯々諾々と従うよりほかなかった。
ひどく決まりが悪かったものの、とてもひとりで立っていられる状態ではなかったため、一連の動作すべてにジョンヒョンの手を借りることになってしまったのだ。


そして、バスタオルで身体を拭われたあとにパジャマを着せられ、挙句の果てには、濡れ髪をドライヤーで乾かしてくれるという念の入れようだった。
無駄だと思いつつ「自分でやる」と言っても、「こういうのも、たまにはいいだろう」とどこか楽しそうなジョンヒョンに根負けして、おとなしく身を任せる。
ヨンファに負担がかからないよう配慮してくれているのは分かるが、疲れた様子も見せずに、勝手知ったる顔で感心するくらいてきぱきと動く男の体力にただただ驚かされた。
そうこうしているうちに再び抱え上げられて、洗いたてのシーツに取り替えたばかりのベッドに戻され、たった今、ミネラルウォーターが注がれた冷たいグラスを手渡された、というわけだ。


ヘッドボードに気怠い背中を預けたまま、ヨンファは手の中のグラスに口をつける。
冷え冷えのミネラルウォーターが渇ききった喉を潤してくれ、不思議といつもより美味しく感じた。
何口か飲んでほっと息をつき、サイドテーブルにグラスを置く際に視界に入った時計は、じき午前四時を回ろうとしていた。
ヨンファは心地よい疲労感に包まれた身体を、さらりとした感触のシーツの上にゆっくりと横たえる。


情交の名残として、火照った肌のそこかしこに小さな赤い痕が散っている上に、ジョンヒョンの唇や指の感触がいまだに残っていた。
これ以上ないほど隅々まで暴かれて、いつになく激しく抱かれた光景を思い出しただけでまたしても腰の奥に熱が灯りそうになり、己の浅ましさに居たたまれなくなる。
今さら恥ずかしがる間柄でもないのに――。
暖かなブランケットにくるまったヨンファは、何とも言えない微妙な気分でやや離れた書棚の前に立つジョンヒョンをぼんやりと見つめた。


何かメールでも届いていたのか、思案顔でスマートフォンの画面に目を落とし、手慣れた仕草でやり取りしている。
『Club Blueming』で捕らえたチョ・スンヒという男たちの件だろうか。
何度も爪を立ててしまった筋肉が隆起した肩や、美しい青龍が彫られた広い背中をヨンファは何とはなしに眺める。
五年ぶりに再会して驚いたが、最後に顔を合わせた時よりも遥かに鍛え上げられた体躯の持ち主は、もう完全に成熟した男になっていた。
相当な信念と覚悟を持って身を投じた世界で自らが望んだにしろ、刺青を入れざるを得なかった事情と当時のジョンヒョンの気持ちを推し量ると、いつも胸の奥が締めつけられるように痛むのだ。


動きにまったく無駄がない男はすでに次のことを考えているらしく、無造作に椅子の背凭れにかけていたワイシャツに腕を通す。
洗髪はせずにシャワーだけ浴びて帰り支度をするのはすっかり見慣れた光景であり、なおかつもっとも寂寥感を覚える瞬間だった。
何となく予想はしていたが、やはり帰ってしまうのか……、とヨンファは内心で溜息をつく。


――……泊まっていかないのか?


心の中で湧き上がる想いを、実際に言葉にしたことは一度もなかった。
慣れてくるとどうも欲深くなっていくようで、定期的に逢瀬を重ねているにもかかわらず、ごく普通の恋人同士のように長い時間を共有してみたくなる。
ただ抱き合うだけでなく、一緒に食事をしたり、もっといろんな話がしたい。
だが、そんなことは言えるはずがないので、青龍組を担っているひとりとして多忙なジョンヒョンの足を引っ張る真似はしてはいけないと自分を律しているのだ。
スラックスを穿いてベルトを締め終わったところでヨンファの視線に気づいたらしく、不意にこちらを振り返る。


「舎弟に連絡を入れたから、そろそろ帰る。こんな時間になってしまったが、ゆっくり休んでくれ」


眦の切れ上がった双眸を向けてきた男は、労わるようなやさしい口調で言いながら上着を手に取った。


「……ああ。ヒョニは、寝なくても大丈夫なのか?」
「マンションに戻って、少し仮眠をとる。余程のことがなければ、時間の自由はある程度きくからな」
「そうか……」


口には出さなくても、組のために随分と骨を折ってくれているのは想像できるし、ジョンヒョンにはジョンヒョンなりの生活リズムがあるのだ。
諸々の感情を抑え込んで、ヨンファは以前から気になっていたことを尋ねてみる。


「変に思われていないだろうか?」
「――変?」


問い返したジョンヒョンは、わずかに片眉を上げた。
直属の舎弟であれば、兄貴分の行動はすべて把握しているはずだ。
常識的に考えても、深夜に男の部屋を訪ねるのが習慣化していることに、まず不審を抱くだろう。
自分たちの関係に気づいていながら、敢えて素知らぬ振りをしているということは考えられなくもない。


「女性の元に通うなら誰も気に留めないだろうけど、……ここはそうじゃない」


その台詞だけで、ヨンファの言わんとすることが分かったようだ。
ネクタイは締めずにスーツの上着を羽織って身支度を済ませたジョンヒョンは軽く目を眇め、ヨンファが横たわっているベッドの枕許に腰を下ろしてきた。
いつもの隙のない格好に戻り、今さらのように胸苦しさを覚える。
そろりとシーツに片肘をついて、ヨンファがどうにかのろのろと身を起こすと、黙って聞いていたジョンヒョンが口を開いた。


「俺たちのことを知られるのが嫌か?」
「そんなふうには思っていない。そうじゃなくて、お前の立場がまずいことにならないか心配なんだ」


ほとんど表情を変えずに間近から覗き込まれて、即座に否定したヨンファは思慮深い眼差しを真っ向から受け止めた。
ジョンヒョンと身体を繋げる前とでは確かに関係自体は変わってしまったが、言葉では言い尽くせないほどの幸福感に満たされている。
自ら公言するつもりはないものの、ヨンファとしては意図的に隠そうとも思っていないのだ。


「組員たちは誰も他人のプライベートには干渉しないし、詮索する者などいない。そもそも、俺たちが屋敷でともに暮らしていたことは周知の事実だ。それに、チルソン組の件で警護という名目においても、俺がここにいるのは何ひとつ不自然じゃないと思うが」


何でもないことのようにさらりと言いながら、ジョンヒョンは悠然と脚を組んだ。
青龍組組長の息子と若頭補佐――今では立場が違うふたりだが、実の兄弟のようにひとつ屋根の下で生活していたことは古参の組員なら誰もが知っている。
それなら、若い者たちも伝え聞いている可能性はあるかもしれない。


「仕事でやるべきことはやっている。誰にも文句を言わせないくらいにな。だから、ヨンファが気に病む必要はまったくない」
「それならいいんだ。ごめん……。余計なことだった」


真っすぐに視線を当てたまま理路整然と説明されて、それ以上返す言葉が見つからなかった。
ヨンファが危惧の念を抱く以前から、ジョンヒョンはこういったことも抜かりなく頭に入れた上で会いにきてくれていたのだろうか。
俯き気味のヨンファの表情から何かを読み取ったのか、人差し指でこめかみのあたりをすっとなぞられる。


「いや、気を使わせてしまって悪いと思っているんだ。不規則だから、ここに寄るのも大抵夜中だしな。もっと時間が取れればいいんだが……」


思いがけない言葉に顔を上げると、ジョンヒョンは苦い笑みを浮かべ、「すまない」と続けた。
身を削るように組に尽力しているのに、なぜ自分に謝らなければならないのか。
どこかで埋め合わせを――といろいろ考えてくれているのか、随所に心遣いが伝わってくる。
ヨンファには、その気持ちだけで十分だった。


五年前に屋敷を飛び出してから完全に距離を置いていたのが嘘のように、長い年月を経てようやく想いを通わせることができたのだ。
南部洞組のイ組長の娘との縁談を断ったのも、『Club Blueming』で恋人の存在を堂々と明かしたのも、すべてはヨンファを不安にさせないように配慮してくれた結果だと分かっていた。
これ以上求めたら、きっと罰が当たってしまう。


「俺は今のままで十分だから、無理はしないでくれ。時間が遅くても一向に構わない」


咄嗟に首を横に振ったヨンファの前で、少し驚いた顔をしたジョンヒョンがわずかに表情を緩める。


「ヨンファ……」


ぐいっと抱き寄せられたかと思うと、いつもより甘さを帯びた穏やかな声音に名を呼ばれるのと同時に、ヨンファの身体はジョンヒョンの体温に包み込まれた。
ぴったりと重なった広い胸からスーツ越しに伝わってくる温もりに、泣きたくなるほどの深い安堵を覚える。
抱き合ったふたりは言葉もなく、しばらくの間そのままじっとしていた。
どのくらい経ったのか、大きな手のひらが元の黒色に戻ったヨンファの髪をそろりと撫でる。
まるで大切なものを扱うように、繊細な動きをする長い指にやさしく梳かれ、その心地よさにずっと浸っていたい……、と重くなりつつある瞼が自然と閉じそうになった時だ。


「シャンプーだけで簡単に落ちるんだな」


ふっと耳許で聞こえた低い囁きが髪の毛のことを言っているのだと分かり、ヨンファは寄りかかっていたジョンヒョンの肩から顔を上げる。


「……ああ。スプレーを吹きかけられただけだからな。知り合いは絶対にこないと思ったから引き受けたのに、ホンギの悪戯心にも困ったものだ」
「だが、お陰でいいものが見られた」
「まったく……。こういう時に限って、タイミングがよすぎるんだよ」


その時の場面を思い返したヨンファが溜息混じりにぼやくと、ジョンヒョンは声を上げて笑った。
普段の印象とのギャップに驚きつつも、自分の傍らで自然体でいてくれてじわりと嬉しくなる。
せめて仕事から離れた時くらいはこんなふうに笑っていてほしいと、寡黙な男が破願する様子を見つめながら、ヨンファは心からそう思った。
  

「不慣れなことが続いて疲れていたのに、無理をさせてしまったな。身体は大丈夫か?」


突如、気遣わしげに尋ねられて、このベッドの上で繰り広げたありとあらゆるシーンが一瞬にして蘇ってしまい、頬が熱くなるのが分かる。
ヨンファの心情は恐らくジョンヒョンにも気づかれているはずで、ひどく気恥ずかしくなった。


「少し休めば、動けると思う」
「特に今日は歯止めが利かなかった。どうもこらえ性がなくてな」
「いいよ。俺も――……欲しかったから」


やや視線を彷徨わせながらもどうにか素直な気持ちを吐露すると、男の表情がすっと消える。
ヨンファが不思議に思った次の瞬間、気配を一変させて噛みつくように口づけてきた。


「……んっ、……ぅ、ん」


頭の後ろに手が回ってきて、無防備な唇ごと呑み込むような勢いで舌先を搦め捕られる。
途端に、背中にぞくりとするものが走り、さらに奥まで探るような動きにざわりと肌が波立った。
条件反射なのか、キスだけで先ほどまでのひたすら揺らされるばかりの激しい波に引き戻されそうになる。
急な展開についていけなくて、スーツの生地に指先を這わせたまま意識まで攫われそうになった頃、ようやく長い口づけから解放された。
再び近づいてきた気配に視線を上げると、頬にそっと手を添えられる。


「俺も、だ。ヨンファのことを考えない日はない」


深みのある美声とともに、至近距離からいつにもまして真剣な眼差しが注がれた。
改まったように真摯な表情に見つめられ、やけにどきりとする。
息をするのも忘れて、ヨンファはジョンヒョンの彫りの深い顔立ちに魅入った。


「愛してるよ……」


前触れもなく告げられた台詞は、しんとした寝室の中ではっきりとヨンファの耳に届く。
突然のことに、どくんと心臓が大きく跳ねた。
離れがたくて寂しい気持ちが一瞬で吹き飛び、代わりにジョンヒョンの揺るぎない想いが緩やかに胸の中に染み込んでくる。
言葉の魔力とは、なんと凄まじいものなのだろうか。
口にされるや否や、歓喜が全身を駆け巡り、表情に出ないようにするだけで精一杯だった。
ジョンヒョンは半ば呆然と見返すばかりのヨンファの頬をそろりと撫でながら、そのまま精悍な貌をゆっくりと近づけてくる。
返事を求めていないのが分かり、これでは一番大切な相手に何も伝わらないと、真一文字に引き結ばれた唇が重なる寸前に手で遮った。


「俺も――……愛してる」


眦の切れ上がった双眸を真っすぐに見つめ、ヨンファは迷いのない口調で伝える。
お互いに甘い言葉を面と向かって言うタイプではないため、自分と同じように驚いたのだろう。
信じられないというふうに目を見開いたジョンヒョンの睫毛が、かすかに震えているように見えた。
間髪容れずに強い力でスーツの胸許に引き寄せられたかと思うと、温かい腕の中にきつく抱き込まれる。


「ヨンファ……、これからもずっと……俺のそばにいてくれ」


甘美な低音に胸が打ち震えて、いろんな感情が堰を切ったように溢れ出してくる。
たまらなくなったヨンファは両手を伸ばし、誰よりも愛しい男の首を夢中で掻き抱いた。


「ああ……ずっとそばにいるよ。約束する」


精一杯の力でぎゅっと縋りつくと、さも愛しげにヨンファの髪に頬ずりしながら背中や腰ごと抱き締められ、骨が軋むほど両腕に力が込められた。
このまま時間が止まってしまえばいい……。
やがて、少しばかり拘束を緩めたジョンヒョンが身体を離し、再び視線を合わせてくる。
目許を和らげて穏やかな表情をした男と見つめ合っているうちに徐々に距離が縮まり、どちらからともなく引き寄せられるように唇同士が深く重なった。
吐息が混じり合うのがもはや何度目かも分からない。


甘やかな幸せの中で、ふたりは互いの確かな温もりを心地よく感じながら、いつ終わるとも知れないキスを繰り返した。





To be continued





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Posted byharu

Comments 6

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2019/09/06 (Fri) 01:32 | EDIT | REPLY |   
haru
haru  
さ**さん

こんばんは♡

こちらこそ、読んで下さってどうもありがとうございます♪
ジョンヒョンのことがあったので、当初よりも甘さ強めにしました。
ある程度のところまで、ストーリーを先に進めていきますね。

私もさ**さんと同じく、ジョンヒョンの歌声が大好きです♡
ツインボーカルもそうですし、ソロでは「Still in my heart」を聴きまくっています。
喪失感で胃の辺りがずっと重苦しいんですが、楽しいことを考えて形にしていきますね(*´ω`*)

2019/09/06 (Fri) 21:38 | EDIT | REPLY |   
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2019/09/06 (Fri) 22:17 | EDIT | REPLY |   
haru
haru  
t*******さん

おはようございます♡

t*******さん、お久しぶりです♪
読んで下さってありがとうございます。
今までにないくらいの落ち込み具合ですが、「四人が大好き」という気持ちをエネルギーにして書いていきますね(´・ω・`)b

2019/09/07 (Sat) 05:03 | EDIT | REPLY |   
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2019/09/08 (Sun) 15:58 | EDIT | REPLY |   
haru
haru  
ふ*******さん

こんばんは♡

読んで下さってありがとうございます♪
話を盛り上げるために、私は「山あり谷あり展開」が好きでして、ストーリー的にはもう少し引っかき回した方が面白いかな?と思うんですが、ヨンとバニにこれ以上試練を与えるのが可哀想になってきたので、今後は冒険せずに進めようと思います。

最後の辺りでヨンに言わせた台詞は数ヶ月前から決めていて、あと、ジョンヒョンの件で持って行き場のない感情をぶつけた結果、こんな感じに甘くなりました。
髪を乾かすなどの細かいシーンは端折りましたが、バニは相当上機嫌だったと思います(笑)
お墓参りのシーンもいずれ形にする予定です。
ホスト編は終わりましたが、それをきっかけにどうしても書かなきゃいけないネタに繋げて、これからお届けしていきますね。←これだけでは意味不明でごめんなさい。

ふ*******さん、いろいろ妄想して下さって嬉しいです♡
長くかかってしまいましたが、ホスト編を楽しんでもらえて良かったです。書いた甲斐がありました。
この二人の仲が揺らぐことはないので、私も切なさやコミカル色などと混ぜながらいろいろ取り組んでいきます。

今日はものすごく暑かったですね。出先でかき氷を食べました。
台風は今回こちらには来ないんですが、そちらは直撃ですよね。…って、私、ふ*******さんのお住まいを勝手に勘違いしてたらすみませんっ( ̄ω ̄;)
直撃でしたら、被害が出ませんようにお祈りしております。

2019/09/08 (Sun) 21:53 | EDIT | REPLY |   

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