CNBLUEのBL小説ブログです。ヨンファ溺愛主義で、シンヨン&釜山ズ&ミニョヨンの話を書いています。

蒼き運命 -アオキサダメ- 70

2018年06月03日
蒼き運命 -アオキサダメ-(極道パロ) 6






頭の中が真っ白になるとは、こういうことなのだろうか。
不意の一撃を食らったヨンファは手の中のグラスをきつく握ったまま、思考もろとも全身がフリーズした。
辛うじてやり過ごせたと思っていたのに、一体何を言い出すのかと、非常にまずい状況に陥っていることに気づく。
あまりにも衝撃が大きすぎて呆然と固まったヨンファとは対照的に、当の本人は平然とそばにあったグラスの中身を飲み干して、テーブルの上に置いた。


すっかり気が動転してしまい、狼狽えながらも周囲を見回すと、その場にいた面々はジョンヒョンを除いて、皆呆気に取られたようにぽかんと口を開けている。
にもかかわらず、一瞬にしてこの場の主役と化してしまったジョンシンは涼しい顔でまったく悪びれた様子がないどころか、本当のことを言って何が悪いと半分開き直ったような感さえあった。
ジョンシンの想いは分かっているものの、どういうつもりなのか理解に苦しむ。
微妙な空気が漂う中、何とかしなくては……、とヨンファが冷静さを取り戻した次の瞬間、一斉に噴き出す音や怒号が混ざり合い、挙句の果てにはどっと笑い声まで湧き起こった。


「この罰当たりがっ。いくら若が綺麗だからとはいえ、言っていいことと悪いことがある。今すぐお詫びしろ!」
「真っすぐすぎるのはお前の長所でもあるがな、聞かれたことに対して、いちいち馬鹿正直に答えるんじゃないっ。頭でよく考えろ!」


咄嗟に声が出なかったヨンファをよそに、いつになく激昂したハンが鬼の形相で一喝すると、グンソクも険しい表情で低く唸るように窘める。
ヨンファに対しては常に穏やかでも、ひとたび本気になると別人のように凄みを増すのだ。
そんなふたりの容赦ない罵声を真っ向から受け止めたジョンシンは、動じた素振りすらなかった。
怖いもの知らずというか、肝が据わっているというか。
きつい叱責にジョンシンは顔色ひとつ変えず、「考えてないわけじゃないんすけど……」と一旦言葉を切ったあと、「すみません」と素直に頭を下げた。


「私たちはいい。それよりも、まず若に謝罪して――」
「ちょっと待て。そんなに深刻にならなくても、酒の席でのジョークなんだから真に受けるなよ」


厳しく言い含めようとしたハンの台詞を遮って、ヨンファは苦笑混じりに割って入る。
皆がいる前で何の仕打ちだと問い質したい気持ちを抑えつけ、どうすればこの場を収められるか、猛スピードで考えた末に出した結論だった。
ジョンシンが突然、こんなことを言いだす理由がまるで分からない。
意図的なのか、そうでないのか。
ただ、悪気があったわけじゃないと思いたいし、グンソクの言うようにきっと正直すぎるだけだ。
親しい間柄とはいえ、他の組織に属するホンギたちの前で叱るやり方はいかがなものかと、ヨンファは言葉を選びながら意識的に表情を作った。


「しかし、若……」


神妙な面持ちで食い下がってくるハンは、納得しかねた様子で言い淀む。
原因を作った張本人も、まさかヨンファに庇われる立場になるとは予想していなかったのだろう。
こちらに向けられた端正な顔には驚愕の色が浮かんでいて、ジョンシンは物言いたげに目を細める。
ほんの一瞬だけ鋭くなった眼差しはどこか不満そうで、どうして本気で怒らないのかと、さらりと躱してばかりのヨンファをまるで責めているかのように思えた。


「ジョンシナがこういう性格なのは、お前たちだって知っているだろう?今に始まったことじゃない。ましてや、酒が入っているわけだしな」


それには気づかない振りをして、正面に視線を戻す。
冗談として、この話題を早々に切り上げたかったのは他でもない、ヨンファ自身なのだ。
揺らがない意志を見せつけるように、時折ストレートに自分の感情をぶつけてくるジョンシンに戸惑いを隠せないものの、毅然とした態度を崩さなかった。
これ以上深入りしないためにも、踏み込ませないためにも、そうする以外に方法がない。
何事もなかったような顔で返すヨンファの言葉に、顔を見合わせていたハンとグンソクは渋々頷いた。


「すげー言われよう」


窮地を救ってやったにもかかわらず、自嘲気味にそう呟いたジョンシンは苦笑いしている。
ふざけているのか大真面目なのか、相変わらず捉えどころのない男の意図を計りかねた。
すると、目を眇めて、動揺を必死に押し隠そうとしているヨンファの胸の内を見透かすような視線を投げて寄越す。
あまり反省の色がないことにムッとして、眉を吊り上げて横目で睨んだが、ジョンシンは口許を歪めて笑ってみせるだけだ。
何か一言文句を言ってやろうかと口を開きかけたヨンファは、真っすぐ見つめてくる漆黒の双眸の奥に仄昏い光を見つけ、言葉を失ってしまった。
飄々と振る舞っている裏側でジョンシンの苦悩が垣間見えたような気がして、胸をつかれる。


鼻っ柱が強く、ぶっきらぼうで大雑把なのに、時に信じられないほどの繊細な気遣いをしてくれる男は滅多に本音を言わない。
それにかこつけて過去の事実に蓋をしていても、こんなふうにちょっとしたことがきっかけで、胸の奥底に巣食うわだかまりを嫌というほど意識させられるのだ。
入院中だったミニョクを見舞ったあとの車中での出来事は、ヨンファの心に影を落とし、いまだに消えることはなかった。


「それにしても、オカズって……」


突然、忍び笑いとともに割り込んできたハスキーな声に、ハッと我に返る。


「相当なベタ惚れっぷりだな、ジョンシナ。マジでウケる」


揶揄するように囃し立てたあと、どうにもこらえきれなくなったのか、ホンギはいきなりブハッと噴き出したかと思うとギャハハと大笑いしだして、ぎこちなく張り詰めていた空気がガラリと一掃された。
二度と耳にしたくなかった単語をご丁寧にほじくり返してくれた親友に対し、勘弁してくれよ……、とヨンファは恨みがましい目を向ける。


「俺、ジョンシナのそういうところ、ホント好きだわ」


ホンギの台詞が引き金になったらしく、あろうことかジョンフンまでも実に愉快そうに肩を震わせ、そのうち爆笑し始めた。
この展開はどうなのかと、何とも言えない微妙な気持ちになったヨンファはそっと息を吐く。
そういえば、ハンとグンソクが場も考えず叱咤している間、身を捩ってヒーヒー言いながら悶絶していたのはこの二人だった。
絶句するヨンファの前で、ホンギは「あー、痛ぇ」と片手で腹を抱えて、真向かいのジョンシンの肩をばんばんと叩いている。
砕けた雰囲気に戻った長身の男は「いや~、照れるなぁ」と満更でもなさそうに笑ってから、ジョンフンが作った水割りのグラスに手を伸ばした。


何がそんなに面白いのか、さっぱり分からない。
楽しそうにジョンシンをいじるのをどうにも腑に落ちない気分で聞きながら、ヨンファは表情を曇らせた。
ターゲットにされた俺は蚊帳の外か?と、勝手に盛り上がっている三人に目眩を覚える。
目の前で交わされる会話に、さしものハンもやれやれ……、と仕方なさそうに溜息をつき、グンソクに至っては顔を背けて笑いを噛み殺すのに必死のようだ。


「そこまで笑わなくてもいいだろ」
「いやいや、ジョンシナの気持ちも分からなくはねぇよ」
「……ホンギ」


なんてことを言うんだと、わざと尖らせた声音とともにわずかに眉根を寄せれば、ホンギはテーブルに手をついて身を乗り出してくる。
実に嬉しげに頬を緩める様子は完全に酒の肴にされているようで、正直、いい気分はしなかった。


「まあ、そんな目くじら立てんなって。そこらの女より、ヨンファの方がよっぽど美人だもんな。ついフラフラっと、そういう気持ちになったんじゃねぇの?組の中は厳つい野郎ばっかりだしな」


いかにも興味津々といった視線にたじろいだが、ホンギの言葉にすんなり頷けるはずもなく、ヨンファはますます困惑する。
あまりにも直球すぎるジョンシンの台詞を本音ととったのか、それとも、ヨンファの話を額面通り受け取ってくれたのかは判断がつかなかった。


「別に襲われるわけじゃねぇんだし、写真くらい可愛いもんだ」


いや、過去二回襲われかけたんだが……、と危うく口が滑りそうになったのを寸でのところで回避する。
そんなことは到底打ち明けるわけにもいかず、曖昧に受け流した。


「ホンギ、完全に面白がってるだろ?」
「へへへ……」
「『へへ』じゃない。笑って誤魔化すなよ」


他人の不幸は蜜の味というが、好き勝手に言われ続けることに辟易して、意図的に話題を変えようとした時だ。


「驚くほど姐さんに似てきていらっしゃるから、無理もないでしょうな。非常にお美しくて聡明な方だったので、当時の組員たちは皆、心から姐さんを慕っていましたよ」


じわりと目を細めたハンはどこか切なそうな表情を浮かべ、母親の面影でも重ねているのか、ヨンファの顔をじっと眺める。
自分ではあまりピンとこないものの、父親からも生き写しのようだと言われるので、酷似しているのだろう。
ジョンシンのとんでもない発言から少し話が逸れてホッとしたのも束の間、斜向かいから漂ってくるただならぬ気配に思わず息を呑んだ。
安心するのはまだ早い。ヨンファにとって、もっとも頭の痛い問題が残っているのだ。


ずっと気づいていながら、まともに確かめる勇気がなかったのだが、恐る恐る顔を向けた先でジョンヒョンが静かに怒気を漲らせているのが分かる。
常に落ち着き払っている男でも、この時ばかりは仏頂面を通り越して精悍な貌はいつにもまして厳しく引き締まり、射るような眼差しは剣呑な光を放っていた。
これは、非常にまずい状態かもしれない。
もはや完全にキレているといっても過言ではなく、今にもジョンシンに襲い掛からんばかりの様子だった。
あまりの迫力に怯んでしまったヨンファは、恐怖で頬が引き攣りそうになるのを必死にこらえる。


せっかく騒ぎが収まってきたのに、ここで蒸し返すのだけはやめてもらいたかったので、頼むから抑えてくれ……、と上目遣いで訴えてみた。
確信犯みたいであまり使いたくない手ではあるが、ジョンヒョンはヨンファに甘いところがあるため、何とかなるかもしれないと藁にもすがる思いだったのだ。
ところが、どうやらジョンシンを庇っていると勘違いされてしまったらしい。
いつもより鋭く吊り上がっている双眸と目が合った瞬間、ピクッと男のこめかみが動き、額には青筋を立てている。
精一杯気持ちを伝えたつもりが却って火に油を注ぐ結果となり、烈火のごとく怒り狂っているのが見て取れた。
万事休すだ。こうなると、もう聞く耳を持たないかもしれない。


「どうやら、私の指導法に問題があったようですね」


盛り上がっていた場の雰囲気を一変させるかのように、ジョンヒョンはゆらりとソファから立ち上がるなり、険しい表情で真っ向からジョンシンを見据えている。
結局、ヨンファの祈りも虚しく、まさに嫌な予感が的中した。
抑揚のない地を這うような低音は明らかに剣呑な響きを帯びており、ジョンヒョンは不機嫌な顔を隠そうともしない。
それでも、何か言わずにはいられなかった。


「あのな、もう済んだことだから、落ち着いてくれ」
「こればかりは、ヨンファさんの頼みでも聞けません。口を挟まないで下さい」


案の定、けんもほろろに釘を刺され、ヨンファは仕方なしに口を閉じる。


「さっき撮ったものは、即刻削除しろ」
「嫌だね。もったいない。たかが写真ごときで、いちいち熱くなんなよ」


ジョンヒョンが険を孕んだ眼差しを送りながら苛立ったように言い捨てると、斜めに向き合う形となったジョンシンは、座ったまま傲岸不遜とも思える態度で負けじと睨み返している。
突如、ふたりの間の空気が、瞬く間に不穏なものになった。
ある程度の事態を予測していたのか、ニヤリと不敵に唇を吊り上げて待ってましたと言わんばかりに迎え撃つ男は、わざとジョンヒョンを挑発しているようにしか見えない。


「――何だと?俺の言うことが聞けないのか?」


張りのある美声が一層低くなり、ジョンヒョンの眉が不機嫌そうに歪められた。
瞬時にしかめっ面になったジョンシンを冷やかに見据え、全身から怒りのオーラを発している。
寡黙な男の口数がいつにもまして多いのは、ヨンファが関わっているからに他ならないだろう。
普段はクールで理性的なのに、他の者たちがいる前でこんなふうに感情を剥き出しにするほど腹に据えかねているということなのか。


「仕事ならまだしも、プライベートにまで口出しされるのは、どう考えてもおかしいだろ」
「おかしいのは、お前の頭の中身だ。おい、表に出ろ。その腐りきった性根を叩き直してやる」
「それは、こっちの台詞だってんだ。弟分だからって、何でもかんでも命令に従うもんと勝手に決めつけてんじゃねぇよ」


幹部でもある兄貴分と対峙しても臆することなく、眉間の縦皺を深くしたジョンシンは聞えよがしの溜息をつきながら、長身の体躯を揺らすようにして腰を上げた。
さらに鋭くなったジョンヒョンの視線を挑戦的な目つきで撥ね返し、双方ともかなり頭に血が上っているのが分かる。
互いに殺気立っている男たちは無言で睨み合い、一触触発状態になっていた。


「ふたりとも、その辺でやめておけ。店に迷惑がかかる」


一週間前の二の舞になるのではないかと危惧したヨンファが口を挟もうとした時、一瞬早くグンソクが割って入る。
まさに絶妙のタイミングで、優雅に脚を高く組んだ格好のまま、ふたりを交互に見上げた。
そこに、ホンギの不思議そうな声が続く。


「お前ら、仲がいいんだか悪いんだか、よく分かんねぇな」
「見苦しくて、すまんな」
「いやぁ。面白いもんを見せてもらいましたよ、ハンさん」


ニヤニヤしながら隣のハンと顔を見合わせているホンギの背後に目をやると、スラリとした男がキレのある動きでこちらに近づいてくる。
ノーネクタイのカジュアルスーツをスタイリッシュに着こなし、優美なオーラを撒き散らしているのがヨンファの席からでも判別できた。


「よお、やけに盛り上がってるじゃねぇの」


全員が一斉に声のする方へと視線を向けると、どことなくノーブルな顔立ちをしたヒチョルが軽く片手を上げている。
若頭だと気づくなり、ホンギとジョンフンは「お疲れ様です」と頭を下げながら声をかけ、それを見たジョンヒョンとジョンシンはすっと自分の席に座った。


「ヒチョル、遅かったな。何か問題でもあったのか?」
「あれこれつっついたら、他に面白い話が出てきたんですよ。それについては、またのちほど」


ハンの問いかけに対してヒチョルは意味ありげな表情を浮かべ、ジョンフンの真正面に腰を下ろす。
隣り合わせになったグンソクは、おもむろに肩を竦めた。


「手間取るなんて、レラらしくないじゃないか。俺が加勢すればよかったか?」
「馬鹿言え。勘違いしてんじゃねぇよ。あと、その名で呼ぶなっつっただろ」


揶揄めいた響きが気に障ったのか、ヒチョルは整った顔を思いっきり顰めながら、きつい口調で吐き捨てた。
そして、じろりとグンソクを睨みつけたまま、忌々しげに言う。


「あの眼鏡野郎をシメたあと、客のボックス席に呼ばれてたんだよ。なにせ、誰かさんたちがこーんなところで油を売ってるからよ。なあ」


刺すような目つきとともに話を振られたホンギとジョンフンはギクリと顔を強張らせ、「いやあ……」と言いながら引き攣った笑みを浮かべた。
睨みを利かせていなければ、涼しげな目許が特徴的な綺麗な顔立ちをしているのに、もったいないと思ってしまう。


「若頭、なんか顔がむくんでいますね」
「すでに飲み過ぎてるんじゃないっすか?」


咄嗟に誤魔化そうとしたのか、ジョンフンがぎこちなく話題をすり替えると、続けざまにホンギが地雷を踏むような爆弾発言をした。


「ああ?お前ら、あとで心臓がむくむぞ」


弟分なのに、返り討ちに逢うとは予測できなかったのだろうか。
底冷えのする声音にふたりはピキッと固まってしまい、ヒチョルのたった一言であえなく撃沈した。
すると、タンブラーを傾けていたグンソクが横合いから口を挟む。


「まあ、そうカリカリするなよ。黙っていれば、鑑賞に値するのにな」
「この俺に下心なんか出してんじゃねぇぞ、グンソク。百年早い」


辛辣な毒舌は、小気味いいほどの切れ味だ。
バッサリと一刀両断に切り捨てられて、ゲホッと酒に噎せたグンソクが軽く咳き込んでいる。
この面子をバッタバッタとぶった斬れるのは、ヒチョルだからこそできる芸当なのだ。
困惑したように視線を逸らしているグンソクの横顔が、心なしか赤く見えるのは気のせいだろうか。
やり手と目される男がタジタジなところから察するに、見た目では分からないもののヒチョルの方が年上で、一枚も二枚も上手なのは間違いなかった。


「若頭、大丈夫っすかね?」
「いつものことだからな。もう慣れてるよ」
「ヒチョルを本気で怒らすとあとが怖いっていうのは、両組の間では常識だぞ」


ジョンシン、ホンギ、ハンの三人が顔を突き合わせてヒソヒソ話をしているのが、こちらにも丸聞こえだ。
その時、視線を転じたヒチョルがヨンファを認めるなり、「おっ、そうだった」と思い出したように話しかけてきた。


「スタッフルームのテーブルに置いてあったんですが、これは若さんのスマホですか?」


スーツの内ポケットから取り出したスマートフォンを見せられ、ヨンファは目を瞠る。


「あ、はい。そうです」
「うちのスタッフが見つけて、着信音が鳴っていたそうなので、確認してみて下さい」
「わざわざありがとうございます」


そういえば、ホストスーツに着替える時、テーブルの上に置いたままにしていたのを今頃になって思い出した。
ヨンファは即座に礼を言って、ヒチョルの手からスマートフォンを受け取る。
早速タップしてみると、1件の電話着信と新着メールが複数届いており、電話の発信者はS大学附属病院だった。
着信時刻を確認すれば、十分前にかかってきている。
その数分後にメールも送信されていて、内容にざっと目を通すや否や、ヨンファがかつて担当していた入院患者の件だと分かった。
点滴中に患者の具合が悪くなったらしいのだが、現在の担当医師と連絡が取れず、ヨンファの判断を仰ぎたいとのことだ。


「急ぎみたいなので、ちょっと連絡してきます」


先送りできない用件だと分かったと同時にそう断りを入れるなり、ヨンファはスマートフォンを手に席を立った。
今夜はいろいろあって精神的に疲弊してしまい、ちょうど気分を変えたいと思っていたから渡りに船だ。
「それなら、奥のスタッフルームを使って下さい」というヒチョルに会釈して、足早にその場を離れる。
無意識に漏れた溜息は、都合よく背後の複数の笑い声に掻き消され、誰にも気づかれることはなかった。










先ほどホンギに変身させられたスタッフルームに足を踏み入れると、当然ながら中は無人だった。
ヨンファは鏡台の前にある椅子を引いて腰を下ろし、すぐにスマートフォンを操作する。
退職後も、自分の仕事を引き継いでくれた医師や看護師たちとはいつでも連絡を取り合える良好な関係を維持しているため、こういうことは決して珍しくないのだ。
ナースステーションの直通番号に折り返すと、電話口に出たのは懇意にしていた中堅の看護師だった。


『ジョン先生、こんな時間に申し訳ありません。ソン先生に連絡がつかなかったので……』


通話の向こうから、やや遠慮がちな声が耳に入ってくる。
以前は毎日のようにやり取りをしていた相手なので、久しぶりに聞くと不思議と懐かしさを感じた。


「遠慮しなくていいよ。問い合わせの件だけど……」


患者の容体を的確に聞き取った上で予想される原因を説明すると、看護師はすぐさま納得してくれたようだ。
頭の回転が早くて打てば響くタイプなので、こちらがすべて言う前に反応が返ってくる。
いくつか適切な指示を与えてから、何かあればまた連絡するようにと伝えて、ヨンファは通話を切った。


ふと画面に表示された時刻に目をやると、もうじき日付が変わるところだ。
ひとりになった途端、言いようのない解放感から、張り詰めていた気持ちがふっと緩む。
スマートフォンを眺めながら思わず溜息が出てしまい、ヨンファは微かに目を伏せた。
気づかぬうちに杯を重ねてしまっていたのか、ぼんやりとした頭と幾分火照っていた頬を冷ましたくて、椅子に凭れたままメールチェックをする。
不要なものを削除していると、医学部時代からの友人のメールが目に留まった。
一読すると、近いうちに仲間内で飲みに行かないかという誘いで、そういえば、半年近く皆に会っていない。
前回集まった時のことを思い返しながら、「参加するから、日程が決まり次第、教えてくれ」という旨を返信した。


その場に座り込んで操作に没頭していたので、いつの間にか三十分近く時間が経過していることに気づく。
そろそろVIPルームに戻ろうかと今しも腰を上げようとしていたところで、不意に出入り口のドアが開く音がした。
何げなくそちらに目を向けて、呼吸が止まる。
軽やかな身のこなしで、隙間からすっと滑り込むように部屋の中へと入ってきた人物の姿を認めた瞬間、ヨンファは信じられないものでも見たかのように呆然と目を瞠った。


「………っ」


視線の先には、相変わらず寸分の乱れもなくダークスーツを着こなしているジョンヒョンが立っていた。
見慣れているはずの表情はどこか近寄りがたい雰囲気を纏っていて、この場にはそぐわない眼差しになぜか射竦められたような気分になる。
席を外したヨンファがなかなか戻らないことを不審に思い、様子を見にきたのかもしれない。
不意打ちに遭い、慌てて立ち上がった拍子にガタンと不快な音がした。
焦るあまり、椅子が脚にぶつかってしまったようだ。
一言も発することなく、眦の吊り上がった双眸に見据えられながら、後ろ手にドアを閉められる。
何でもない動作なのにドクンと大きく心臓の鼓動が跳ね、ジョンヒョンとふたりきりなのだと今さらのように認識した。


「――ヨンファ」


不意に訪れる静けさの中、ぞくりとするような艶っぽい美声に名を呼ばれる。
先ほどまでとは違う色を帯びているのと、じっと見つめてくる眼差しに仄かに熱が籠っているのを見つけてしまい、どうしようもなく全身が竦んだ。


突如、真っすぐな瞳でこちらを見つめる少年の面差しが目の前に浮かび、声変わりする前の優しげなトーンの声色が耳の奥に甦る。
こんなふうに初めて呼び捨てにされたのはもう随分昔のことで、ジョンヒョンと同居するようになって間もない頃だったのをなぜか急に思い出した。
アルコールのせいで、思考がまともに働いていないのだろうか。
一人っ子のヨンファにとっては年齢的にも距離的にも最も近しい相手であり、心から自分を慕ってくれているのが嬉しくてたまらなくて、いつしか抱いてはいけない想いが芽生えてしまったのだ。


静かに見返すと、微かに瞠目したジョンヒョンが息を呑む気配がした。
自分が今、どんな顔をしているのかは分からない。
でも、ここ最近ずっと抑えていた感情が心の奥底から込み上げてきて、堰を切ったように溢れ出しているのは分かる。
ずっと会いたくて、声が聞きたくて、どうにかなりそうだった。
それなのに、なかなか素直になれなくて、余計なことばかり考える日々だったのだ。


急に部屋の空気が緊張を孕んだものに変わった気がして、ヨンファは足が強張ったように動けなくなった。
時間が止まってしまったのかと思うほど互いに見つめ合っていると、ジョンヒョンが視線を逸らさずにゆっくりと距離を詰めてくる。


「ヒョニ、どうし……」


何か言おうと声を発してみたが、思いがけない行動に気づいて、口を噤んでしまった。
中途半端に言葉が途切れたのは、ジョンヒョンの手がそろりとこちらに向かって伸びてきたからだ。
その動きがまるでスローモーションのように視界に映り込み、ヨンファは瞳を大きく見開いたまま身じろぎひとつできないでいた。





To be continued





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haru
Author: haru
CNBLUEのBL小説を書いています。CPはシンヨン&釜山ズ&ミニョヨンです。ヨンファ溺愛主義でとんでも妄想ばかりですが、愛だけはぶっこんでいます。
話のトーンはほのぼの、甘々、コミカル、シリアス、切ない系。ハピエンオンリーです。
基本マイペースでランダム更新。妄想は思いつくまま、気の向くまま。R18の内容が含まれているため、未成年の方、苦手な方は閲覧にはくれぐれもご注意下さい。
尚、当ブログに掲載している作品はすべて私個人のオリジナルですので、模倣、転載等はご遠慮願います。

Comment(6)

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2018/06/05 (Tue) 10:36

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2018/06/05 (Tue) 16:32
haru

haru

ふ*******さん

こんばんは♡

読んで下さってありがとうございます♪
いい加減二人のシーンが書きたくて堪らなくなって、一気にガーッと進めてお届けしました。
長々とホストクラブ編をお送りしていましたが、ようやく出口です。
いつも私の萌えどころを片っ端から拾って下さって、本当に感謝してます♡
毎回大人数のシーンが続き、頭の中がヘロヘロになっていたので、ふ*******さんのお言葉に癒されました(´;ω;`)
続きも、是非とも萌え禿げてもらえるように頑張ります。

こちらは梅雨入りしまして、日によっては蒸し暑いです。
そちらももうじきかな?お互い、体調管理に気をつけましょうね♪

2018/06/05 (Tue) 20:40
haru

haru

m******さん

こんばんは♡

読んで下さってありがとうございます♪
収拾つくんかいなと、書きながらドキドキしていたのですが、何とか収まるところに収まりました。
楽しんでもらえて、形にした甲斐がありました。
完全に自分のキャパを越えており、ここ何ヶ月もうんうん頭を悩ませていたので、m******さんのお言葉が心に沁みます(´;ω;`)

こちらは梅雨入りしました。
また蒸し暑い日々から真夏へと移行していきますが、お互い体調には気をつけましょうね♪

2018/06/05 (Tue) 20:57

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2018/06/07 (Thu) 21:29
haru

haru

i*****さん

こんにちは♡

ホストクラブ編からそろそろ手を引こうと、最後にヒチョルを登場させました。
この画像には、私もニヤニヤしちゃいます。本当に綺麗な顔をしてますよね♡
ジョンシンのオカズ発言は、ヨンへ自分の気持ちを改めて知らしめるのと、バニを挑発してる感じかな。まだ諦めてないぞって。
不用意な発言じゃなくて、目論見があったと思ってもらえるといいかも。
バニもオカズにっていうi*****さんの言葉に大ウケ(笑)
私が考えるに、バニは欲しくなれば即行動に移す。すなわち、ヨンのマンションへ直行。
ここ最近はすれ違いが続いていたから、実行できなかっただろうけど。
でも、自分も写真を撮りたいと、内心では悔しがっているはず。
久々の二人きりのシーン、捻り出してみます(〃ω〃)

2018/06/08 (Fri) 12:53