CNBLUEのBL小説ブログです。ヨンファ溺愛主義で、シンヨン&釜山ズ&ミニョヨンの話を書いています。

蒼き運命 -アオキサダメ- 48

2017年03月28日
蒼き運命 -アオキサダメ-(極道パロ) 6






ジョンヒョンと一緒にシャワーを浴び終えたヨンファは、ひどく疲れきった身体を騙し騙し、冷蔵庫から食材や調味料を取り出した。
怠い腰を庇うように、いつもよりゆっくりとした動作で、ボトルに入った市販の豚骨スープを鍋に移していく。


心底、調子の悪そうなヨンファを見て、多少は良心が咎めたのだろうか。
ジョンヒョンは濡れた髪をタオルで無造作に拭うと「俺も手伝おう」と言って、キッチンの中に入ってきた。


自分でも料理をすることがあるのか、昔みたいに何もできないという感じではなく、ヨンファの隣で指示した通りに、豚の三枚肉に軽く塩を振っている。
その様子を視界の端に捉えつつ、ヨンファは息をつきながら玉ねぎとニンニクをキッチンナイフで細かく刻み、そこに味噌、コショウ、唐辛子、粉末唐辛子を加えて「タデギ」と呼ばれる調味料を完成させた。


身体を動かすたびに自然と溜息が漏れてしまうので、その都度、グレーのカットソー姿の男がばつの悪そうな顔で、こちらを気遣うようにチラチラと見てくる。
全身は重い上に節々が痛み、腰の奥には、いまだに疼くような快楽の余韻が残っていた。
それもそのはず。汗や情欲を洗い流すために連れて行かれたバスルームで、また挑まれてしまったのだ。


初めはてっきり、ぐったりとしているヨンファを慮ったのと、時間短縮が目的で一緒にシャワーを浴びるだけだと、単純に考えていた。
シャワー横の大きな鏡に映った、全身キスマークだらけの自分の姿に愕然としていたところ、「綺麗にしてやるから」と後ろから低く囁かれた。


言葉の意味を理解した瞬間、正気なのかと羞恥に駆られて頑なに拒んだものの「すぐに終わる」と、半ば強引にシャワーを出しながら片腕に抱き留められた。
狭い空間の中では逃げ場もなく、仕方なしにヨンファは恥ずかしさをこらえて身を任すことにしたのだが、これが致命的な間違いだったのだ。


初めは探るような動きで慎重に白濁を掻き出しているようだったのに、次第に優しくて容赦のない指遣いが大胆になってきて、奥深くまで抉られた際に思わず声が出てしまった。
それが結果的にジョンヒョンを煽ってしまったのか定かではないが、突然、激しく唇を奪われて、太腿に押しつけられたものが熱く昂ぶっていることに呆然とした。


ひどく混乱しながらも、性急に求めてきた男に為すすべもなくて、肩を掴まれて壁に押しつけられた時にはすでに遅かった。
抗う間もなく、一瞬にして獰猛な雄と化したジョンヒョンは、背後からヨンファの中に押し入ってきた。


人並み外れて精力的な男は完全に抑制を解き放ち、骨の髄まで喰らい尽くす勢いは恐怖さえ感じた。
熱めのシャワーが降り注ぐ中、壁に両手をついて腰を突き出した格好で、荒々しく内壁を穿つジョンヒョンに再び啼かされる羽目になってしまったのだ。


一体どこにそんな体力が残っているのかと信じられず、ヨンファはたた唖然とするばかりで、目の前の壁にしがみつくのがやっとだった。
シャワーで少しは誤魔化せたかもしれないが、ただでさえ音が反響しやすいバスルームの中で淫蕩な声や音が響き渡るのは耐えがたく、ヨンファは羞恥に見舞われながら追い上げられた。


海老の塩辛やキムチを小皿に入れながら、果てのない行為を思い出し、溜息さえ漏れてしまう。
たった今、特異な体勢で交わったばかりの相手を前にして身の置きどころがなく、どういう顔をしていいのか分からなかった。
立った状態で抽挿を繰り返されたせいか足許が覚束なくて、よろめきそうになったところで、すかさず背後から腰を支えられる。
決まりが悪くなり、仏頂面を決め込んでいると、自分と同じシャンプーの香りとともに濡れた髪が首筋に触れた。


「大丈夫か?フラついてるぞ」
「……誰のせいだと思ってるんだ?」


ヨンファは素っ気なく答えて、ジョンヒョンからふいっと視線を逸らせる。


「まあ、そう言うなよ。いい加減、機嫌を直せ」


ジョンヒョンは苦笑しながら手を伸ばし、宥めるようにヨンファの濡れ髪をくしゃっと撫でた。


「……俺がひとりで作るはずだったのに」


余裕の態度を崩さない男が癪に障って、つい恨みがましい目で軽く睨んでやったら、含み笑いを浮かべた表情を向けてくる。


「じゃあ、今度また何か作ってくれ。ヨンファの手料理なら、いつでも大歓迎だから。―――で、次は何をすればいいんだ?」
「……鍋の中の豚骨スープが沸騰したら、その中に豚肉を入れる。二十分ほど煮込んでご飯の上にかけたら、出来上がりだ」
「分かった。あとは俺がやるから、休んでいるといい」


言うと同時に、強い腕に再び抱き上げられてしまう。
揺るぎない足取りでリビングのソファの上にそっと下ろされると、ヨンファは身を投げ出すように凭れかかった。
ジョンヒョンは鼻歌でも歌いそうなほど上機嫌で、動けないヨンファの代わりにキッチンに立つ。
その様子を見ながら、どうしてこんなことになったのかと、ヨンファは内心動揺しまくっていた。


今日ほど執拗に求められたことはなく、ジョンヒョンの底なしの欲望に身体が悲鳴を上げている。
繋がるのが久しぶりだったとはいえ、あまりの激しさに圧倒され、今までは手加減されていたのだと徹底的に思い知らされた。
強気で迫られると、結局は根負けして、つい許してしまう自分がいる。
何だかんだ言っても、ヨンファはこの男に甘いのだ。


身体のそこかしこに残る倦怠感を持て余していると、豚骨スープの鍋を覗きにいったジョンヒョンが戻ってきて、ヨンファの隣に腰を下ろした。
今にも触れられそうな距離から、じっと見つめてくる眼差しはどこまでも甘くて、それだけで心拍数が上がってしまう。


男の前で乱れた姿を散々晒しているのだから今さらだが、平静を保っていられるほど慣れてはいない。
数々のあられもない格好を取らされた残像が脳裏をよぎり、ますます居たたまれなくなるのだ。
気恥ずかしさは消えることなく、ヨンファが目を伏せると、灼けつくような視線を真っ直ぐに向けられた。


「……そんなに見るな」


注意しても、至近距離からの気配はあからさまになる一方で、仕方なく見返すと、ひどく楽しそうなジョンヒョンと目が合う。
どこか笑いをこらえているような表情にムッとして、ヨンファは悔し紛れに言葉を投げつけた。


「底なしすぎるだろう」
「最高の褒め言葉だな」


ぬけぬけと切り返されて、ぐっと言葉に詰まる。


「お前ね……。褒めてないって」


不機嫌を隠そうともせずにそう言うと、ジョンヒョンの口許がフッと綻んだ。
胡乱な眼差しでその顔を軽く睨んだ矢先、距離を詰められる。
身を屈めたかと思うと、鼻先に宥めるようなキスをされ、わずかに頬が熱くなった。
そのまま苦笑混じりに、かなりゆったりしたベージュのニットソーの大きく開いた胸許にツツーと人差し指を滑らせていく。
先ほどの行為で身体に熱が燻っていたため、あまり肌にフィットした服は着る気になれなかったのだ。


「――目の毒だな」


自分でつけておきながら、平然と指先で情交の痕跡をなぞる男に困惑して、何か言わずにはいられなかった。


「……こんなに痕をつけるなよ」


その触れ方に再び何かを呼び起こされそうで横にずれると、伸びてきた大きな手にさりげなく腰を抱き寄せられる。
顔を上げると、不意打ちで掠めるように軽く唇を合わせてきた。
ジョンヒョンはこういう間合いの詰め方とタイミングが、絶妙に上手いのだ。


「仕事復帰するんなら、多少は自重する。怪我も完治したし、そろそろなんだろう?」
「……………」


今、言うべきかどうか一瞬、迷った。
S大学付属病院を辞めたことを、ジョンヒョンには話していなかったのだ。
隠そうと思ったつもりはなく、訊かれれば答えようとは思っていた。
ただ余計な心配をかけたくなかったから、こちらからは敢えて言わなかっただけで、それを包み隠さず明かすべきだろうか。


「――ヨンファ?」


無言になったヨンファを、ジョンヒョンが不思議そうに覗き込んでくる。


「あ……それがな。――実は、辞表を出したんだ」


ヨンファが静かに答えた瞬間、目の前のジョンヒョンの顔から表情が消えた。


「辞表って……、病院を辞めたってことか?」
「ああ、そうだ」
「――それは、どういうことだ?休職していたはずじゃないのか?」
「すまない。本当は違うんだ」


ジョンヒョンにとっては寝耳に水の話だから、驚くのも無理はない。
神妙な面持ちで事実を確かめようとする男に、ヨンファは即座に否定する。


「じゃあ、誰かに何か言われたのか?組の存在が一切漏れないように、細心の注意を払っていたんだぞ……」


虚を衝かれたように瞬いたのち、納得がいかないという顔でこちらを見た。
その表情はひどく痛ましげで、苦渋に満ちている。
裏でいろいろと根回ししてくれていたのだろう。
今回の件で、ヨンファのために動いてくれた者たちの気持ちを考えると、胸が痛んだ。


「違う。組のことはまったく関係ない。俺から切り出した」
「ヨンファから…だと?なぜだ?」


ヨンファの言葉に、吊り上った目がわずかに眇められる。
訝しげな声で問いかけられて、言葉を探すように視線を彷徨わせた。


「これは急に思い立ったんじゃなくて、以前から考えていたことなんだ……」
「――ちゃんと俺に分かるように説明してくれ」


露骨に眉根を寄せ、ジョンヒョンの声音に不機嫌そうな響きが混じっているのに気づいた。
一言の相談もなしに決断したのが気に障ったのか、精悍な顔立ちが少し険しくなっている。
恐らくこんな感じになるのではないかと予想していただけに、ヨンファはどうしたものかと長い睫毛を伏せた。
横から、頬に突き刺さるほどの強い視線を感じる。


大抵のことには動じない男でも、ヨンファ絡みになると過剰に反応し、冷静さを欠くことがあるのは分かっていた。
小さく息をついて顔を上げたヨンファは、ジョンヒョンの瞳を真っ直ぐに見つめて口を開く。


「ヒョニも知っている通り、俺は母親を亡くしたのがきっかけで、この道に進もうと決心した。夢が叶って医師にはなれたけれど、大学病院だとどうしても抱える患者数が多すぎて、ひとりひとりの診察にあまり時間を割くことができない。決して手を抜くわけじゃないが、全員を診るために、流れ作業的になることも否めないのが現実だ。俺はずっとそのことに疑問を感じていた」


ヨンファは研修医の期間を経て、S大学付属病院の内科医局に入った。
医師という職業にプライドを持ち、常に患者に対して真摯に向き合ってきたつもりだが、それが顕著に現れだしたのは、この春以降だ。
毎日、次から次へと診察室を訪れる患者を診ながら、本当にこれでいいのかと自問自答を繰り返してきたのだ。
ジョンヒョンは泰然とした態度で脚を組みながら、ヨンファの話にただ黙って耳を傾けてくれていた。


「最新の治療法を実践できてスキルも磨かれるし、いろいろと学ぶべきことも多かったから、恵まれた環境だったことにも満足している。でも、俺はもっと身近に患者と向き合って長期的な健康管理ができる、地域に根ざした医療を目指したいと思っている。それで決断したんだ」


身体だけでなく、闘病で抱えがちな心の問題にも目を向け、患者本人やその家族の支えになりたいと、ヨンファはいつしかそう考えるようになっていた。
続けざまに言い募るヨンファを見つめる男は、顔色ひとつ変えない。


「普段の忙殺された状況の中ではどうしても言い出せなかったが、今回の怪我はちょうどいい機会だったから、思い切って病院を離れることにした。組の皆にはいろいろと配慮してもらってとても有難かったし、こういう結果になって申し訳ないとも思っている。――お前にも」


ありのままを話したヨンファが軽く息をつくと、無言のまま聞いていたジョンヒョンは、ほんの少し表情を和らげた。


「謝る必要はまったくない。俺の知らないところで、いろいろと苦労していたんだな。そういう考えはすごく……ヨンファらしいと思う」
「ヒョニ……」


ジョンヒョンの言葉に、胸の奥深くでわだかまっていたものが溶けてなくなっていくような気がした。
父親にさえ、辞めた理由について、ここまではっきりとは語っていなかったのだ。


「ヨンファは俺や組にとって、無くてはならない存在なんだ。様々な事情があったのは、よく分かった。どこの病院だろうが関係ない。俺はヨンファがずっと医者を続けていけるのであれば、それでいいんだ」


医療に対する想いをありのまま受け止めてくれ、ヨンファの考えを尊重してくれていることに喜びを感じる。
自分で決めたことなのに、心のどこかでこんなふうに誰かに認めてもらいたかったのかもしれない。
ジョンヒョンの表情は、いつの間にか穏やかなものに変わっていた。


「……ありがとう……」
「それで、当てはあるのか?」
「知り合いの医師を通じていくつか紹介してもらったけど、どこも規模の大きな病院ばかりで、引き続き探しているところだ」
「そうか。だが、せめて俺だけには打ち明けてほしかったな。――少しは甘えてくれてもいいんじゃないか?」


低い声音にはどこか拗ねるような響きが滲んでいて、それとなく咎められている気がした。


「ヒョニが忙しいのは分かっているから、余計な心配をかけたくなかったんだ」
「俺にとっては余計じゃない」


突如、鋭くなった眼差しをヨンファは真っ向から静かに受け止めた。
本気でぶつかってくるのが分かるからこそ、いい加減なことは言えない。
誤解のないように気持ちを伝えるべく、真っ直ぐにジョンヒョンの瞳を見つめながら口を開く。


「この際だから言わせてもらうが、気を悪くしないでくれ。俺は子供じゃないし、たとえひとつでもお前よりも年上だ。自分のことは自分で決めた上で、いずれ話すつもりだった。単にタイミングが合わなかっただけで……。今後もこういうことはあるだろうけど、そこら辺を理解してもらえないか?」


ジョンヒョンはヨンファから視線を逸らしながらソファに背を預けると、複雑な表情を浮かべて独りごちた。


「分かっている。俺のただの我儘だ。ヨンファのことなら、逐一何でも知っておきたいってな」
「……ヒョニ」


恐らく真剣に想ってくれているからこそ、こんなふうに素の部分を見せてくれるのだろう。
そうでなければ、昔からプライドの高いこの男が自分の手の内を明かすはずがない。
何だかたまらなくなって、ヨンファは横からジョンヒョンの逞しい身体に腕を回して抱きついた。
少しでもこちらの気持ちが伝わればいいと思いながら。


固まった状態で一向に動かない男の温もりを感じていると、やがて黙り込んだまま強い力で、逆に腕の中に閉じ込められた。
何か言おうと口を開きかけたところで、吐息を塞がれる。
舌先を軽く吸って離れていったキスは、顎のラインを辿って、くすぐったさに仰け反った白い喉に這わされた。


「駄、目……だ……、痕…は……」
「どうして?」


くぐもった囁きと同時に、鎖骨の窪みに啄むようなキスをされる。
行為中、わざと鬱血の痕がつくように肌に吸いつかれると数日間は当たり前で、ひどいものになると一週間以上経過しても消えないまま残っているのだ。
誰が見てもすぐにキスマークだと見破られるだろうから、ジョンヒョンに自制してもらうしかない。


「放、せ……っ」


身を捩ってもがくと、意外にもすんなりと離れてくれた。
少し緩んだ口許がどこかヨンファの反応を楽しんでいるようで、何となくジョンヒョンのペースに持っていかれそうな嫌な予感がする。


「さっき言ったばかりじゃないか。とにかくこういうのは困る」
「見えないところならいいんだろう?それに、次の仕事先がまだ決まっていないのなら、遠慮する必要はないってことだ」
「なんでそういう話になるんだよ。論点がズレてるだろ」


ヨンファが渋面を作ってみるが気にも留めず、ジョンヒョンはわざと聞こえていない振りをして立ち上がった。
「もらうぞ」と言いながら冷蔵庫を開けて、ペットボトルのミネラルウォーターを取り出している。
ヨンファはソファに座ったまま、キッチンボードに寄りかかって喉を潤している男の姿を見つめた。


今日はジョンヒョンに翻弄されてばかりで、まったくもって面白くない。
やられっぱなしというのは、負けず嫌いのヨンファにとって屈辱以外の何者でもなく、このまま大人しく引き下がるなど、できるはずがなかった。
この落ち着き払った態度を少し動揺させてやろうと、悪戯心が湧き起こる。


「……どうかしたのか?」


瞬きすらせず見入っていたヨンファの視線に気づいて、ジョンヒョンが怪訝そうな顔をする。


「せっかく、次は俺がお前にお返ししてやろうと思っていたのにな」


気怠げに上目遣いで見つめると、ペットボトルに口をつけていたジョンヒョンが激しく噎せた。


「――は…?何だって!?」


眦の切れ上がった目を大きく瞠り、美声は変に上擦っている。


「でも、今ので、その気が失せた」
「――ちょっと待て。そんなに怒るなよ。悪かった」


思ったよりも早く白旗を上げてきたジョンヒョンに、笑いが込み上げてきた。
余裕の態度を崩さない男が焦っている様子は見もので、内心可笑しくてたまらない。


「次っていつだ?」
「さあな」
「お返しに何をしてくれるんだ?」
「内緒」
「ヨンファ、もったいぶらずに教えろよ」
「うるさい!そんなことより、スープが煮えたぎっているんじゃないのか?豚肉は?」


離れた場所から檄を飛ばすと、眉間に皺を寄せて、すごすごと鍋に豚肉を投入している。
その時、一瞬、鼻の下が伸びたのをヨンファは見逃さなかった。
一体何を想像しているのやら、若頭補佐のこんなやに下がった情けない面を舎弟たちが見たら、卒倒すること間違いなしだろう。
ただのハッタリにまんまと騙されたジョンヒョンに、ざまあみろと胸の空く思いがした。
この程度の意趣返しなら可愛いもので、罰は当たるまい。


「――なんか、面白がってないか?」
「いいや、ちっとも」


困惑げに眉を顰める男に、つい笑みがこぼれる。
それを見たジョンヒョンもやれやれと肩を竦めて、再びヨンファに寄り添うように隣に座った。
こんな何でもないやり取りが楽しくて、軽口を叩き合える関係に戻れたことが純粋に嬉しい。
最愛の相手と一緒にゆっくりと過ごす。そんなささやかなことが、ひどく幸せだと思った。


ふたりで雑談をしているとすぐさま時間は経ち、ジョンヒョンに続いてヨンファもソファからそろりと立ち上がる。
大きめの器によそったご飯の上に、煮込んでいた豚肉とスープをかければ終了だ。


二人掛けのダイニングテーブルに薬味の皿を並べていると、ジョンヒョンが「できたぞ」と湯気を立てている器を運んできた。
ふたりはテーブルを挟んで向かい合わせに座り、かなり遅めの昼食をとる。


「……旨い。この味、久しぶりだな」


一口食べて、ジョンヒョンが感慨深げに目を細めた。
どこか懐かしむような表情で一瞬、動きが止まる。
そして、空腹の時間が長かったせいか、豪快にテジクッパを食べ始めた。


「食べないのか?」
「あ、いや……」


向かいの席から問いかけられて、ヨンファはスッカラを手に取る。
正直、くたくたで食欲が減退してしまっていたのだが、ジョンヒョンに促されるように豚骨の白濁したスープにタデギを溶かし、薬味を入れた。
テジクッパはニラ、海老の塩辛、キムチなどの薬味を少しずつ足して、自分好みの味に仕上げて食べる料理なのだ。


見た目は美味しそうなのに、疲れているせいかどうしても動作がゆっくりになった。
気怠げにスッカラで掬って口をつけたヨンファを見て安心したのか、ジョンヒョンも同じように口に運ぶ。
確かに懐かしい味だった。あっさりとしているから意外と胃に入りそうで、少しずつ食べ進めると、あの頃の風景が蘇ってくる。


「本場のテジクッパって旨いんだろうな……」
「子供の時に食べたきりだが、これも負けてないぞ」
「そんなことないって。本物って相当手間がかかるみたいじゃないか。スープを作るのにかなり長時間、豚骨を茹でなきゃいけないんだろ。これとは全然違うさ」
「それなら、一緒に行くか?釜山まで」


何でもないことのように切り出され、ヨンファは思わず瞳を瞬かせる。


「釜山か。ヒョニの生まれ育った街を見てみたいな……」


有名な南浦洞の景色をぼんやりと思い浮かべながら独り言のようにポツリと呟くと、ジョンヒョンが瞠目した。


「……………」
「……あ、悪い」


ヨンファはしまったと、咄嗟に謝った。
交通事故で両親を一度に失った釜山の地には、辛い記憶しかないはずだ。
それを思い出させるような言い方をしてしまい、必死に言葉を探していると、ジョンヒョンの目許が柔らかくなる。


「いや、そんなふうに言ってくれて、嬉しいよ。昔のことは気を使わなくていい。それより、ヨンファの方こそ、チルソン組で釜山にあまりいいイメージはないかもしれないがな」
「それはまったく関係ない。――あれ、そう言えば、ヒョニってうちに来た時、確か釜山弁をしゃべってたよな」
「まあな。周りの皆と違うことに、子供ながらに恥ずかしかったから、無理矢理直したんだ」
「あ、そうか。……そう…だったよな。自然でスムーズだったからかな。あまり記憶にないな」


当時のジョンヒョンはかなり色が白く、ほっそりとした体形で綺麗な顔立ちをしていたことは今でもよく覚えている。
バレンタインの日、クラスで一番多くチョコレートを貰っていたのもこの男だ。
あれから二十年近く経って、まさかこういうタイプの大人になるなんて、想像すらできなかった。


昔のことに思いを馳せていると、不意に名を呼ばれる。
目の前に視線を戻すと、ジョンヒョンはひどく真面目な顔をして、ヨンファを真っ直ぐに見据えた。


「ヨンファさえ良かったら、両親の墓参りにも同行してくれないか?」
「――俺?」


驚きのあまり目を見開くと、揺るぎない双眸に見つめ返される。
いつにもまして真剣な顔で告げられて、思わず息を呑んだ。


「ちゃんとした形で報告しておきたいんだ」


事もなげに言ってのけるジョンヒョンに真摯な眼差しを向けられて、心拍数が上がる。
何を?と訊かなくても、だいたいの想像はついた。


「俺が行ってもいいのか?」
「誰でもいいわけじゃない。ヨンファだから、誘っている」


ジョンヒョンの言葉が直接、心の中に沁みていく。
デリケートな内容だけに、ヨンファの方からジョンヒョンの両親のことはあまり触れずにいたのだが、きっぱりとした口調で言われ、胸がじわっと温かくなった。


「場所がどこか、ヒョニは知ってるのか?」
「この世界に入ることを決めた時、親父さんに教えてもらって行ったんでな」
「――そうか。親父とヒョニのお父さんは親友だったらしいからな」
「ああ、親戚の間でお荷物扱いになっていた俺を見かねて、引き取ってくれたんだ」


一瞬だけ、眦が切れ上がった双眸に、翳りが差したように見えた。
その話は、ヨンファも父親から聞いて知っている。
わずか八歳の子供を前にして、血の繋がりのある親族たちはこぞって一緒に暮らすことを拒んだという。
どういう事情があるにせよ、あまりにも薄情すぎて、出会ったこともない相手に対し怒りが込み上げてくる。


両親を一度に亡くして悲しみに暮れている最中、自らの処遇について揉めている大人たちを見て、ジョンヒョンの心の中はズタズタだったに違いない。
想像するだけで、胸が引き裂かれそうになった。
血縁関係のないジョンヒョンを引き取る決断をした父親には、いたく感謝している。
そのお陰で、ヨンファは自分の人生を左右するほどの相手に巡り会うことができたのだから。


「俺にとって組は、生きていくための手段であり、家族みたいな存在でもある。だから、親父さんと同じ道に進もうと決意した時に、迷いは一切なかった」


少しトーンを落として囁かれた言葉には、この男の組に対する溢れんばかりの想いがそこかしこに滲み出ていた。
大学進学の道を諦めて、極道として生きていくことを選んだジョンヒョンの心中が今、初めてはっきりとした形で現れたような気がする。


自分と同じように、この男も部屋住みの者や常に屋敷に出入りしていた組員たちを家族同然に慕っていたのか。
ヨンファが跡目を継ぐことを放棄したから、その犠牲になったと思っていたのは間違いだったのだ。


「俺で良かったら、行くよ」


しっかりと頷くヨンファに、安堵したような笑みが返ってきた。
ひどく優しい表情を目の当たりにした途端、身体の奥底から熱いものが込み上げてくる。
胸が詰まって、それ以上は何も言えないでいると、ジョンヒョンが言葉を続けた。


「すぐには無理だが、仕事が一段落ついたら、休みを取って墓参りに行けと親父さんからも言われているから、もう少し待ってくれ。近いうちにミニョクが退院すれば、正式に親父さんを筆頭に南部洞組へ赴かないといけないしな」


テジクッパを平らげたジョンヒョンは、満足そうにミネラルウォーターの入ったグラスに口をつける。


「じき退院できるのか?」
「朝一で病院に行ってきたんだが、順調に回復していて、予定より早くなるそうだ」
「それは良かった。俺も早くミニョクに会いたいよ」


ヨンファが仕事を辞めた今、本当ならもっと病院を訪ねたかったが、本人に丁重に断られてしまったのだ。
人に気を使わせまいとするのが、ミニョクらしいというか何というか。もっと遠慮せずに甘えてくれたらいいのに。
だから、元気になって退院したら、すぐにでも顔を見に行きたいと思っていた。


「それで、ひとつ話しておかなければならないことがあるんだが……」


ふと耳に入ってきた低音に、ヨンファはスッカラを動かす手を止めて顔を上げる。


「ん?何だよ、改まって」
「ミニョクに身寄りがないのは知っているか?」
「知ってる」
「退院したといっても、ひとりで元の日常生活を送るのは厳しいんじゃないかと思う」
「そうだな。誰かの補助があればいいに越したことはないだろう。完全に落ち着くまで、屋敷で暮らしたらどうだ?その間、俺も戻ってもいいしな」


家族と同居していれば何の問題もないが、退院後すぐにひとりで何もかもするのは大変なことだ。
大したことはできないにしても、少しでも手助けになればと、ヨンファは提案してみた。


「いや、その必要はない」
「え?」
「そんなに長い期間じゃないから、俺のところで面倒を見ようと思っている」
「……お前のところ……?」


一瞬、反応の遅れたヨンファに、ジョンヒョンは真面目な顔で続ける。


「ひとり増えても十分なスペースがあるから問題ないし、何よりも、今回のことは俺も責任を感じているからな。できる限りのことをしてやりたいんだ」


冷水を浴びせられたように、全身が一瞬にして凍ったかと思った。
思考能力が停止したみたいに、何も考えられない。
でも、黙ったままでいると、ジョンヒョンに不審に思われてしまう。


「そうか……。そうだな。それが一番いいかもしれないな。ヒョニのところなら、ミニョクも気兼ねがないだろうし」


無意識のうちに、言葉が勝手に口をついて出ていた。
自分の声が、変に遠くから聞こえる。
そんなことを望んでいるわけではないのに、意思に反して、機械が代わりにしゃべっているように口だけが動いてしまったのだ。
ヨンファの心を完全に置き去りにして――。


「ヨンファなら、そう言ってくれると思っていた。アイツには普段からいろいろと世話になりっぱなしだから、こういう時くらいしか俺にしてやれることはない」


義理人情を重んじる極道の世界において、弟分が不便な思いをするのを黙って見ていられないというジョンヒョンの気持ちは、大いに理解できる。
組に入ったと同時に、三年間屋敷で一緒に暮らした仲だ。
表向きは幹部と舎弟で立場が違うといえど、今でも実の弟のように思っているに違いない。
当時、ヨンファとジョンヒョンは仲違いをして一切の接触を断ったが、ふたりともミニョクやジョンシンとは親しくしていたのだ。
だから、自分の自宅へ迎え入れるという選択肢は至極当然のことで、ヨンファもジョンヒョンのように身を挺して守ってもらったのなら、きっと同じことをしただろう。


ヨンファは自分を納得させる理由をいくつか挙げてみるが、身体と心は正直なもので、心臓が早鐘のように鳴り出した。
顔も変に強張っている気がして、無理矢理、笑顔を作ってスッカラを口許に持っていく。
もはやテジクッパの味も分からなくなるほど、胸の奥がざわめいていた。



「ミニョクはすごく器用だろう。料理も上手いし、部屋住みの頃を思い出すな」
「アイツの腕前は折り紙つきだからな。何度か食べたが、昔より腕を上げてるぞ」


ジョンヒョンの声までもひどく遠いものに感じながら、気持ちがすっと冷えていくのを感じた。
身寄りのない弟分のために一肌脱ぐだけで、他意がないのは分かっている。
包み隠さずヨンファに話すということは、ジョンヒョンはミニョクの想いに気づいていないのだろう。
この男が自分で考えて決めたことなら、それを尊重すべきだし、組のことに踏み込んではいけないとも思っている。


「へぇ、俺もご馳走になりたいな」


葛藤が渦を巻きながらジョンヒョンと話していると、とんでもないことを口走ってしまいそうで、何とか言葉を絞り出した。
普通に考えて、自分の家に組の者を泊まらせることはあるだろう。
思いやりを持ったジョンヒョンを誇りに思うべきであり、それを捻じ曲げて解釈する方がおかしいのだ。
器の小さい自分に、辟易してしまう。


ミニョクの想いに気づいていないのか?と訊きたいのを、ヨンファは必死でこらえた。
あの優しげな青年の一途な気持ちを考えると心が痛むが、寝た子を起こすようで、ジョンヒョンにはこのまま知らせない方がいいのではないかと思ったのだ。


―――ミニョク、すまない……。


この男に限って何もないと確信しているものの、自分の発言が引き金になって、この満たされた平穏な日々が揺らぐようなことだけは、どうしても避けたかった。
幸せだからこそ、逆に臆病になってしまう。

   
ジョンヒョンが江南区のタワーマンションに住んでいるのは知っているが、ヨンファは一度も足を運んだことはない。
会う時はいつもジョンヒョンがここに来るだけで、ヨンファはこの男がどういう環境でどんな私生活を送っているのか、一切知らないのだ。
突如、女みたいな考えが頭の中に浮かび、そんな自分に吐き気がしそうになった。


「とにかく、ミニョクが落ち着くまで、ゆっくりさせてやったらいい。俺に手伝えることがあれば、遠慮なく言ってくれ」
「ああ、すまない」


何かしゃべっていないと、目に見えない何かに心が押し潰されてしまいそうだった。
かつてジョンヒョンに「俺を信じろ」と言われたのだから、信じるしかないと改めて自らに言い聞かせる。
しかも、たった今、釜山へ行く約束までしたではないか。
変なことを考えるな。揺らいでいてどうすると、自分自身を叱咤する。
今はとにかく、状況を見守るしかすべはないのだ。
ただ、どうしてもヨンファは、一抹の不安を感じずにはいられなかった。





To be continued





にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 二次BL小説へ
にほんブログ村

ランキングに参加しています♡バナーを押していただけると、励みになります♡♡
スポンサーサイト



haru
Author: haru
CNBLUEのBL小説を書いています。CPはシンヨン&釜山ズ&ミニョヨンです。ヨンファ溺愛主義でとんでも妄想ばかりですが、愛だけはぶっこんでいます。
話のトーンはほのぼの、甘々、コミカル、シリアス、切ない系。ハピエンオンリーです。
基本マイペースでランダム更新。妄想は思いつくまま、気の向くまま。R18の内容が含まれているため、未成年の方、苦手な方は閲覧にはくれぐれもご注意下さい。
尚、当ブログに掲載している作品はすべて私個人のオリジナルですので、模倣、転載等はご遠慮願います。

Comment(6)

There are no comments yet.

-

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/03/28 (Tue) 09:25

haru

ま****さん

こんばんは♡
花粉症の症状はいかがですか?

落ち着いたようで、なかなか落ち着かない展開になっております(-ω-;)
是非ともうちのヨンを包み込んでやって下さい♪

2017/03/28 (Tue) 21:50

-

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/03/28 (Tue) 23:31

-

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/03/29 (Wed) 10:09

haru

t*******さん

こんばんは♡
バスルームのシーンは端折りました。さすがにこの手のシーンばかりだと、私の方がゲッソリで…(・ω・;)
二人のやり取りがいろいろ書けて楽しかったです。
また他のキャラを出したりして、様々な展開をお見せできればと思っています(*´ω`*)

2017/03/29 (Wed) 21:16

haru

j****さん

こんばんは♡
うちの攻め男たちは精○絶○なんです(-ω-;)←ここ重要。
本当に落ち着けって感じですね。このままだとヨンの身体が持ちません…。

j****さんの疑問のほんの一部は、次回の話に出てくるかな?
キスマークのことは他に漏れることはないので、安心して下さい♪

2017/03/29 (Wed) 21:34